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そのすぐ翌日の帰りのHRの時間だった。
帰りの挨拶の直前に、この前学校で受けた模試の結果が担任から返却された。結果は可もなく不可もなくといったところだった。相変わらず進路を決め切れていない僕の志望校の判定欄には、名前の知れた大学の無難な学部だけが書かれていた。
最後の一人まで返却が終わると、先生はみんなの結果について少し話をした後、帰りの挨拶をして解散となった。
文化祭が終わって、最近ではまた青葉と登下校できることも少しずつ増えていた。僕は自分の席で荷物の整理をしていると、青葉が歩いてきた。その表情でだいたいの要件は分かった。
「ごめん。さっき先生に呼ばれちゃったから、今日は先に帰ってて」
「先生に?」
「うん、ちょっと話があるからって」
「分かった。じゃあ、そうさせてもらうね」
と、僕も荷物を持って立ち上がる。「じゃあまた明日」と、お互いに告げてから教室を出て玄関を目指した。
窓から力強い西日が差し込み、むん、とした空気のこもった廊下を歩く。階段を一つ下ってまた少し歩くと、ようやく玄関にたどり着く。下駄箱から外履きを取り出して、それに履き替えようとした時、ふと、そういえばと思い出した。
次の部活って、誰が発表者に決まったんだっけ。
右足だけをローファーに履き替えた体勢のまま考える。この前の部活では、解散が慌ただしかったから、すっかり次の対戦カードを決めるのを忘れていたんだった。
あとでみんなに確認してみようかな。
と、ちょうどその時、ポケットの中でスマホが震えた。ひょっとして、とそれを取り出して見ると、案の定の内容だった。加瀬くんから、部活メンバー全体へのメッセージだ。
そこに書かれていたのは、僕が今思い出したように、次の企画発表者について三日後の放課後に話し合おうというものだった。
そして、そこからさらに文章は続く。次が夏休み前最後の活動だから、今後の予定についても話し合いたい。そう、文章は締めくくられていた。
「今後の予定について」、その文字が見えた瞬間、心臓がドクンと跳ねたのが分かった。
やっぱり今日は青葉と帰りたい。
先生と少し話をするだけなら、きっとすぐに終わるはずだ。僕は右足だけ履いたローファーを再び脱ぐと、回れ右をして来た道を引き返した。
教室までの道の途中、職員室へ続く廊下があった。ひょっとしたらと思って、その廊下を進んでいく。と、職員室の向かいにある小さな教室の中に、青葉と担任の姿が見えた。
二人の姿が見えた瞬間、僕は思わず二人から死角になる位置まで隠れていた。なんとなく、二人の間の空気が張り詰めているような気がした。
教室のドアは少し開いていて、廊下まで声が漏れていた。
「西峰、今回の模試何かあったのか? あまり言いたくないが、このままだと志望大は難しいぞ」
それは、本気で心配をしているような担任の声だった。
「いえ」と、青葉の淡々と答える声。
こんな青葉は初めてだった。青葉はいつだって完璧で、教師からは常に全幅の信頼を置かれていた。
青葉が目指している進路は文系学部の最高峰で、それが簡単な道のりでないことは分かっている。だけど、どんなに困難な道だとしても、あの青葉がつまずくなんてことはあり得ないはずだった。
「生徒会がきつかったのか? まさか西峰が遊びにうつつを抜かしていることはないと思うが……夏休みに入れば、周りは今まで以上に受験勉強に熱を入れてくる。今までと同じだけの努力じゃ、現状維持さえできないんだぞ」
青葉がそれに応える声はない。
しばらくの沈黙が流れた後、担任はさらに厳しい声で続けた。
「これからは、全部を受験勉強に捧げるくらいで臨まないと。きみが目指しているのは、そういう高いレベルの世界なんだから」
これ以上聞いていられなかった。
教師からこんな言葉をぶつけられる青葉なんて、そして、それに反論ができずにいる青葉なんて、きっと何かの間違いに決まっている。
僕は逃げ出すようにその場を後にして、そのまま一人で家へと帰った。
そのすぐ翌日の帰りのHRの時間だった。
帰りの挨拶の直前に、この前学校で受けた模試の結果が担任から返却された。結果は可もなく不可もなくといったところだった。相変わらず進路を決め切れていない僕の志望校の判定欄には、名前の知れた大学の無難な学部だけが書かれていた。
最後の一人まで返却が終わると、先生はみんなの結果について少し話をした後、帰りの挨拶をして解散となった。
文化祭が終わって、最近ではまた青葉と登下校できることも少しずつ増えていた。僕は自分の席で荷物の整理をしていると、青葉が歩いてきた。その表情でだいたいの要件は分かった。
「ごめん。さっき先生に呼ばれちゃったから、今日は先に帰ってて」
「先生に?」
「うん、ちょっと話があるからって」
「分かった。じゃあ、そうさせてもらうね」
と、僕も荷物を持って立ち上がる。「じゃあまた明日」と、お互いに告げてから教室を出て玄関を目指した。
窓から力強い西日が差し込み、むん、とした空気のこもった廊下を歩く。階段を一つ下ってまた少し歩くと、ようやく玄関にたどり着く。下駄箱から外履きを取り出して、それに履き替えようとした時、ふと、そういえばと思い出した。
次の部活って、誰が発表者に決まったんだっけ。
右足だけをローファーに履き替えた体勢のまま考える。この前の部活では、解散が慌ただしかったから、すっかり次の対戦カードを決めるのを忘れていたんだった。
あとでみんなに確認してみようかな。
と、ちょうどその時、ポケットの中でスマホが震えた。ひょっとして、とそれを取り出して見ると、案の定の内容だった。加瀬くんから、部活メンバー全体へのメッセージだ。
そこに書かれていたのは、僕が今思い出したように、次の企画発表者について三日後の放課後に話し合おうというものだった。
そして、そこからさらに文章は続く。次が夏休み前最後の活動だから、今後の予定についても話し合いたい。そう、文章は締めくくられていた。
「今後の予定について」、その文字が見えた瞬間、心臓がドクンと跳ねたのが分かった。
やっぱり今日は青葉と帰りたい。
先生と少し話をするだけなら、きっとすぐに終わるはずだ。僕は右足だけ履いたローファーを再び脱ぐと、回れ右をして来た道を引き返した。
教室までの道の途中、職員室へ続く廊下があった。ひょっとしたらと思って、その廊下を進んでいく。と、職員室の向かいにある小さな教室の中に、青葉と担任の姿が見えた。
二人の姿が見えた瞬間、僕は思わず二人から死角になる位置まで隠れていた。なんとなく、二人の間の空気が張り詰めているような気がした。
教室のドアは少し開いていて、廊下まで声が漏れていた。
「西峰、今回の模試何かあったのか? あまり言いたくないが、このままだと志望大は難しいぞ」
それは、本気で心配をしているような担任の声だった。
「いえ」と、青葉の淡々と答える声。
こんな青葉は初めてだった。青葉はいつだって完璧で、教師からは常に全幅の信頼を置かれていた。
青葉が目指している進路は文系学部の最高峰で、それが簡単な道のりでないことは分かっている。だけど、どんなに困難な道だとしても、あの青葉がつまずくなんてことはあり得ないはずだった。
「生徒会がきつかったのか? まさか西峰が遊びにうつつを抜かしていることはないと思うが……夏休みに入れば、周りは今まで以上に受験勉強に熱を入れてくる。今までと同じだけの努力じゃ、現状維持さえできないんだぞ」
青葉がそれに応える声はない。
しばらくの沈黙が流れた後、担任はさらに厳しい声で続けた。
「これからは、全部を受験勉強に捧げるくらいで臨まないと。きみが目指しているのは、そういう高いレベルの世界なんだから」
これ以上聞いていられなかった。
教師からこんな言葉をぶつけられる青葉なんて、そして、それに反論ができずにいる青葉なんて、きっと何かの間違いに決まっている。
僕は逃げ出すようにその場を後にして、そのまま一人で家へと帰った。