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その日は、朝から学校中に浮かれ騒いだ声が響いていた。
朝イチに教室に集まったみんなはどこか浮足立った様子で、出し物である喫茶店の開店に向けた最後の準備を進めていく。廊下に出てみればどこの教室も同じような様子で、はしゃいでふざけ合うような声がそこここから聞こえてくる。文化祭に乗り気でなかったクラスメイトも、いざ当日が来てしまえば楽しげに友達と笑いあっている。
この浮ついた空気は、去年や一昨年と変わらない。だけどその中で、僕の気持ちは過去の二年間とは違っていた。
ずっとこういうイベントごとは、自分とは遠いことのように感じていた。だけど、最後の最後になって、この空気の中に自分がいるんだという実感があった。
けど、そう感じられるようになったのは、きっと青春部が僕を変えてくれたからだ。それなのに、教室の中を見渡してみても、僕を誘ってくれた彼の姿はない。青葉は生徒会の仕事へ、加瀬くんは弓道部の方の出し物のためにクラスを離れていた。
文化祭の開始を告げる空砲の音が学校中に響くと、途端にあちこちから歓声が沸いた。高校最後の文化祭が始まっていた。
クラスの出し物は順調だった。大盛況というわけではないけど、お店を開けてから途切れることなくお客さんは入り続け、こだわったお店の内装も女性客を中心に好評だった。
そこでの僕の仕事は、料理の提供や席への案内をするホールの役割だった。バイトの経験なんてなかったけど、上手くこなしているクラスメイトの見様見真似で、どうにか大きな失敗もなく乗り切っていた。
働いていると時間はあっという間に過ぎる。お客さんのピークが過ぎて一息をつくと、気づけばもうお昼過ぎだった。と、また教室の扉が開いた。慌てて出迎えに走ると、そこから顔を覗かせたのは赤川さんだった。どうやら赤川さんは一人みたいで、教室の中をきょろきょろと見回している。誰かを探しているように見えた。
「どうしたの? なんだかお客さんって雰囲気じゃなさそうだけど」
「あ、古河くん。紛らわしくてごめんね。ウエイトレス似合ってるじゃん」
「あ、ありがと」
今の僕は、今日のための用意したウエイトレス風の制服だった。こんな衣装着たことがなかったから恥ずかしかったけど、褒められてちょっと照れ臭い。
赤川さんは少し声を潜めて、
「ね。伊織って今教室にいる?」
「ああ。加瀬くんなら弓道部の方でお店出してるから、そっちに行ってるよ」
「そっちかー。まあ部長さんだもんね」
赤川さんは残念そうに肩を落とす。もしかしたら、一緒に文化祭を回ろうとしていたのかもしれない。
と、その時だった。赤川さんの身体の向こうに、小走りで駆けてくる一人の女子の姿が見えた。今は見かけるはずがないその姿に驚いた。
「あ、青葉!? どうしたの、生徒会の仕事は?」
「え、青葉?」
僕の声に赤川さんも驚いて振り向いた。青葉は教室の入り口まで来ると、
「この時間は面倒なステージがないから、いったん他のメンバーに任せてきたの。だから、少しの間だけなら手伝えると思う」
「そんな、無理しなくていいのに」
学級委員の朝倉さんが青葉に気づいて近づいてきた。
「西峰さん、もしかして手伝ってくれるの?」
「うん、少しの間でもよければだけど」
「もちろんだよ」と朝倉さんは教室を見渡したけど、今はお客さんがほとんどいない。
「でも青葉、そんなに仕事ばっかりして、自分が文化祭回る暇はあるの?」
赤川さんが心配するように言った。
「私は別に、行きたいところもないし」
「えー、もったいない。せっかくだし、自分の成果を見ておくのもいいんじゃない?」
あっさりと断る青葉にも赤川さんは屈せずに押し続けると、それに朝倉さんが加勢する。
「クラスの手伝いはいいから、古河くんと一緒に回ってきたら? 今ならお客さんもほとんどいないし」
「え、でも僕はまだシフト入ってるし……」
「いいからいいから。古河くんにもずっと頼りっぱなしになっちゃってたし、ちょっとは息抜きしてきなよ」
思わぬ話の流れに困惑していると、あれよあれよと話がまとまっていく。なんでこんな話の流れになったのか、気づけば青葉と二人で文化祭を回れることになっていた。
その日は、朝から学校中に浮かれ騒いだ声が響いていた。
朝イチに教室に集まったみんなはどこか浮足立った様子で、出し物である喫茶店の開店に向けた最後の準備を進めていく。廊下に出てみればどこの教室も同じような様子で、はしゃいでふざけ合うような声がそこここから聞こえてくる。文化祭に乗り気でなかったクラスメイトも、いざ当日が来てしまえば楽しげに友達と笑いあっている。
この浮ついた空気は、去年や一昨年と変わらない。だけどその中で、僕の気持ちは過去の二年間とは違っていた。
ずっとこういうイベントごとは、自分とは遠いことのように感じていた。だけど、最後の最後になって、この空気の中に自分がいるんだという実感があった。
けど、そう感じられるようになったのは、きっと青春部が僕を変えてくれたからだ。それなのに、教室の中を見渡してみても、僕を誘ってくれた彼の姿はない。青葉は生徒会の仕事へ、加瀬くんは弓道部の方の出し物のためにクラスを離れていた。
文化祭の開始を告げる空砲の音が学校中に響くと、途端にあちこちから歓声が沸いた。高校最後の文化祭が始まっていた。
クラスの出し物は順調だった。大盛況というわけではないけど、お店を開けてから途切れることなくお客さんは入り続け、こだわったお店の内装も女性客を中心に好評だった。
そこでの僕の仕事は、料理の提供や席への案内をするホールの役割だった。バイトの経験なんてなかったけど、上手くこなしているクラスメイトの見様見真似で、どうにか大きな失敗もなく乗り切っていた。
働いていると時間はあっという間に過ぎる。お客さんのピークが過ぎて一息をつくと、気づけばもうお昼過ぎだった。と、また教室の扉が開いた。慌てて出迎えに走ると、そこから顔を覗かせたのは赤川さんだった。どうやら赤川さんは一人みたいで、教室の中をきょろきょろと見回している。誰かを探しているように見えた。
「どうしたの? なんだかお客さんって雰囲気じゃなさそうだけど」
「あ、古河くん。紛らわしくてごめんね。ウエイトレス似合ってるじゃん」
「あ、ありがと」
今の僕は、今日のための用意したウエイトレス風の制服だった。こんな衣装着たことがなかったから恥ずかしかったけど、褒められてちょっと照れ臭い。
赤川さんは少し声を潜めて、
「ね。伊織って今教室にいる?」
「ああ。加瀬くんなら弓道部の方でお店出してるから、そっちに行ってるよ」
「そっちかー。まあ部長さんだもんね」
赤川さんは残念そうに肩を落とす。もしかしたら、一緒に文化祭を回ろうとしていたのかもしれない。
と、その時だった。赤川さんの身体の向こうに、小走りで駆けてくる一人の女子の姿が見えた。今は見かけるはずがないその姿に驚いた。
「あ、青葉!? どうしたの、生徒会の仕事は?」
「え、青葉?」
僕の声に赤川さんも驚いて振り向いた。青葉は教室の入り口まで来ると、
「この時間は面倒なステージがないから、いったん他のメンバーに任せてきたの。だから、少しの間だけなら手伝えると思う」
「そんな、無理しなくていいのに」
学級委員の朝倉さんが青葉に気づいて近づいてきた。
「西峰さん、もしかして手伝ってくれるの?」
「うん、少しの間でもよければだけど」
「もちろんだよ」と朝倉さんは教室を見渡したけど、今はお客さんがほとんどいない。
「でも青葉、そんなに仕事ばっかりして、自分が文化祭回る暇はあるの?」
赤川さんが心配するように言った。
「私は別に、行きたいところもないし」
「えー、もったいない。せっかくだし、自分の成果を見ておくのもいいんじゃない?」
あっさりと断る青葉にも赤川さんは屈せずに押し続けると、それに朝倉さんが加勢する。
「クラスの手伝いはいいから、古河くんと一緒に回ってきたら? 今ならお客さんもほとんどいないし」
「え、でも僕はまだシフト入ってるし……」
「いいからいいから。古河くんにもずっと頼りっぱなしになっちゃってたし、ちょっとは息抜きしてきなよ」
思わぬ話の流れに困惑していると、あれよあれよと話がまとまっていく。なんでこんな話の流れになったのか、気づけば青葉と二人で文化祭を回れることになっていた。