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 文化祭の準備を終えた僕は、街灯の明かりだけが頼りの夜道を一人歩いていた。

 さすがにちょっと疲れたな……

 ここ数日は文化祭の準備に注力していたけど、普段の勉強だっておろそかにしていたわけじゃない。その二つを同時にこなしていたことで、いい加減に疲れが蓄積されてしまっていた。

 帰ったらご飯を食べて少し横になろう。

 そんなことを考えている時だった。背中の方から突然、「春樹」と名前を呼ばれた。聞き慣れているはずのその声が、少しだけ懐かしく覚えた。

「青葉!」

 振り返ると、駆け足の青葉がそこにいた。教室では毎日顔を見ていたけど、なんだかやけに久しぶりに顔を合わせた気分だった。

「明日の準備は終わったの?」

 僕は、久しぶりに話ができた喜びも隠さない声で訊いた。

「どうにかね。明日になってみないとっていうところはあるけど、とりあえず今日のうちにできることは終わったから」
「そっか。さすが、準備にぬかりないね」
「当日になってドタバタと慌てるのも嫌だから、できることは先にしておかないと」
「それをちゃんと実際にやれるから青葉はすごいんだよ」

 それは何気ないやり取りだった。だけどふと、今青葉と話をしているんだ、ということを意識してしまった。

「なんだか、こんな風に落ち着いて話せるのも久しぶりだね」

 二人で家までの道を歩く。それがやけに久しぶりのことに思えたし、事実二週間近くは空いていたはずだった。

「そうだね、本当はもっと仕事を減らせればいいんだけど……変な決まりごととか面倒な企画の申請とかで、もう参っちゃいそう。前任者の残した資料も使えないのばっかりだから、結局また私が作り直すことになったし」
「はは……なんだかこんなに愚痴る青葉も珍しいね。でもみんなも、青葉が会長なら大丈夫だろうって安心しきってるよ」
「なら良かった。春樹たちには安心して自分の作業に集中して欲しいから。クラスの方はどう?」
「うん、一応飾り付けは終わったし、あとは明日の朝イチでメニューの準備をしてって感じかな」
「順調みたいだね。明日は少しでも手伝えればいいんだけど……」
「いいよいいよ。青葉には青葉にしかできない仕事があるんだから」
「そうだね。でも、少しでも時間が取れないか頑張ってみるから」
「無理はしなくていいからね。青葉の手を借りなくてもいいように、ちゃんとシフトは組んであるし」
「ありがとう」と、青葉は優しく微笑んでから、「それより、莉愛との企画の方はどうなってる? 最近全然気にかけてあげられてなかったけど」
「どうにか順調にいってるのかな。大まかなアイディアも決まって、後は文化祭の後にっていう感じ。赤川さんとも、前よりはちゃんと話せるようになったし」
「それならいいけど……何か手伝えることがあったらいつでも言ってね」
「うん。ありがとう」

 青葉がやけに心配性な様子で、思わず苦笑が漏れた。いつも心配をかけている自覚はあるけど、ここまであからさまな態度は珍しかった。

「だけど、それより今は明日の文化祭を頑張らないと。部活のことはその後かな」
「うん、そうだね。私も、まずは明日を乗り切らないと」

 そんな話をしているうちに、気づけばもうお互いの家の前だった。通りの右側には青葉の住む大きなマンションがあり、左側には僕の暮らす年季を感じる戸建てがある。

 僕たちはそこで足を止めると、また明日と言い合ってから、それぞれの家に向かって歩き出した。
 明日は、いよいよ高校最後の文化祭当日だ。