週明け月曜日の放課後、帰りのHRが終わると同時に教室を出ると、ちょうど青葉と一緒になった。青葉の表情が何か言いたげで、立ち止まって話し込む形になる。

「ペア、本当に大丈夫? もう一度私から、伊織に交代できないか頼んでもいいし」
「大丈夫だよ。せっかく同じ部活に入ったんだから、赤川さんともちゃんと話せるようになりたいし」
「それならいいけど……」

 心配そうに眉を下げる青葉の表情に、少しだけ寂しくなる。この青春部に入ってから、青葉にこんな顔をさせることが多くなっている。青葉の心配そうな表情を見られるのはきっと僕だけで、少し前まではそれが嫌いじゃなかった。だけど部活中の青葉の溌剌とした顔を知ってしまった今、こんな顔しかさせられない自分が悲しくなる。

「でも、企画のことはもう考えてるの?」
「……まだ。けど、この後赤川さんと相談するんだ」
「そう、莉愛と……」

 そうつぶやく青葉の口調が、なんとなくそっけない気がした。

「はあ、そろそろどうにか勝ちたいなあ。いや、せめていい勝負くらい……」

 今回の対戦相手が晃嗣くんに決まって、リベンジをしたい気持ちはもちろんある。だけど、最初に見せつけられたおばけ屋敷の圧倒的なイメージが強すぎて、勝てるビジョンはまるで見えてこない。しかも相手は晃嗣くんだけじゃない。加瀬くんだって、最高得点の記録を持つ実力者だ。

「春樹はまだ入ったばかりなんだか、あんまり気負わなくていいよ」
「うん、ありがとう。できる範囲で頑張ってみるよ」

 赤川さんとは帰りのHRが終わり次第、部室で合流する約束になっている。きっともう先に着いている頃だろう。「じゃあ、もう行くね」と青葉に別れを告げてから、部室を目指して歩き始めた。



 部室に入ると、先に待っていた赤川さんが頬を膨らまして出迎えた。

「こら、遅いよ~」
「ご、ごめん。ちょっと青葉と話し込んじゃってて……」
「まあいいけどさ、この後部活あるからサックっと始めちゃお」

 この時間の赤川さんは、裸眼に二つ結びという普段の学校で見せるアイドルのようなスタイルだった。少しずつ赤川さんの際立った容姿にも慣れてきたつもりではいたけど、小さな部室で二人きりになると嫌でも身体に力が入る。

「う、うん」と、久しぶりの明るい赤川さんに圧倒されつつ、少し離れた椅子に座る。近くに座れないのは僕の意気地なしだ。
「部活って、ちゃんとした方の?」
「そ。調理部だよ。まあ、そっちも自由な部活だから、わりと適当だけどね。それよりどう? 何かアイディア考えたりしてきた?」
「ごめん。まだ何も……それを今日話し合うのかなって」

 事前に赤川と話したのは、この時間に次の企画の相談をするということだけだ。誰かとペアを組むのは初めてで、どんな段取りになるのか分かっていなかった。

「まあそれもそうなんだけどね、もし古河くんに何かアイディアの用意があるならそれが使えるかなって」
「ごめん、用意とかも全然してなくて……でも、アイディアを考えるのは赤川さんの方がいいよ。押し付けるわけじゃなくて、僕のアイディアじゃあの二人には勝てないから……赤川さんの足は引っ張りたくないし」

 僕の考える企画ではみんなと戦えないことくらい、もう身に染みて分かっている。僕のつまらないアイディアのせいで、誰かの足を引っ張ってしまうなんて耐えられなかった。

 そんなことを考えてつい顔をそらしていると、叱るような声だった。
「言っておくけど、古河くんのアイディアを使うかどうかは私が決めることだからね」

 赤川さんの方を見ると、頬を膨らませながらも、どこか真面目な顔だった。

「ご、ごめん……」
「もう。これだから役人ジュニアは。少しは伊織のバカを見習って、つまらない企画を堂々と見せるくらいの気概はないの? いや、堂々と見せられても困るけど……」
「ご、ごめん……」と、ついまた謝罪が口を出ると、赤川さんはまたムッとして、
「もう決めた。企画の原案は古河くんが担当ね! 明日までに、いくつかアイディアを考えてくること。宿題だから!」

 学校での姿をした赤川さんは、部活の時とは打って変わって言葉に力がある。僕は「う、うん」と勢いに流されて頷くのが精一杯で、それを見た赤川さんは「じゃあ私は部活に行くから」と、慌ただしく部室を去って行った。

 企画の原案なんて荷が重過ぎるよ……

 赤川さんがいなくなった後、ようやく抗議の言葉が頭に浮かんできたけど、あまりにも今更すぎたし、それを本人に言えるだけの勇気もない。どうなっても知らないぞという諦めと、やっぱり足を引っ張りたくない想いとがせめぎ合う。

 椅子の上で頭を抱えていると、ドアの開く音がした。顔を上げると、小清水先生が入ってくるところだった。

 小清水先生がこの部室に顔を出すのは珍しい。

「あれ、もう終わっちゃったの?」
「え?」言葉の意味が分からずに訊き返す。
「莉愛と話し合いしてたんだろ? さっきたまたま西峰に会って聞いたんだよ」
「ああ。赤川さんに用事ですか?」
「いや。用事っていうか、おまえらがどうしてるかなーって興味本位で。やけにしょげた面してるな」

 言いながら、小清水先生は部室の隅に置かれた椅子を僕のすぐ隣に移動させてそこに座った。先生の言葉は軽い調子だったけど、その中に気遣うような響きがあって、つい弱さをこぼしてしまう。

「僕じゃ、赤川さんの足を引っ張るだけなんです」
「決めつけるなよ。おまえにできることだってあるさ」
「企画の準備くらいならできますけど」と、僕は苦笑してから、「本来、僕はみんなとは住む世界が違いますから」
「……それは、おまえがそう思い込んでるだけじゃないのか?」

 僕は首を振って応える。

「なんだか、いろんな人に気を遣われている気がするんです」

 先生は言葉を待つように、ただ黙ったままでいた。
 
 いつも僕を心配するような目を向けてくれる青葉と。そして、

「加瀬くんはきっと、僕と赤川さんの仲を取り持とうとしてペアを組んだんです。あみだなんて、わかりやすい嘘までついて」
「まあ確かにな。活動中の伊織はバカっぽく見えるかもしれないけど、実際はバカじゃないし。いろいろと考えてるだろうさ」
「で、ですよね……」
「けど、別に気を遣われた結果でもいいんじゃないのか? 部員と交流を深めるチャンスだってことに変わりないんだから」

 確かに、青葉や加瀬くん以外の部員との間にある壁をなくしたいと思っていたのは事実だ。今回ペアを組めたことは、間違いなく距離を縮めるためのきっかけになるとは思う。だけどどうしても、加瀬くんが組み合わせを発表した時の、あの赤川さんの不満そうな顔が思い出されてしまう。

「なんだか、赤川さんに悪くて……今日は普通に話してくれましたけど、部活の時はまだまだ僕にだけ素っ気ないし……」
「まあ、あいつはなあ……」と、小清水先生は困ったように頭を掻いてから「人見知りだからとっつきにくいかもしれないけど、あれで打ち解ければ楽しいやつなんだ」
「人見知りって、赤川さんがですか?」

 思わず驚いて訊き返す。

 学校での赤川さんはいつも明るい笑顔を振りまいていて、誰にでも分け隔てなく接する人だった。それに、同じクラスになった事のない僕でさえ何度も噂に聞いていたほど、顔だって広い。

「いつも活動の時に見てるだろ、あのじみ~な格好。普段の学校の姿を見てると信じられないかもしれないけど、あっちが本当のあいつだよ」

 僕が何も言えずにいると、先生はさらに続ける。

「あいつらにとっては、この部活だけが自分をさらけ出せる場所なんだ」

 本当は、あの部活での姿と表情を見た瞬間に、学校での赤川さんは作られたものなのかもしれない、と頭をよぎらなかったわけじゃない。

 そして、それは赤川さんだけじゃない。加瀬くんだって教室での姿とはかけ離れた浮かれた格好で、晃嗣くんも普段の知的で真面目そうな身なりとは真反対だ。

 だけど三人とも普段の学校での姿もすごく自然で、それが作り物だとはとても信じられなかった。

「……じゃあ青葉も?」
 
 あの四人の中で、青葉だけは普段と大きく姿を変えていなかった。確かに学校では表情を隠しているのに対して、部活の時はよく笑うし言葉だって砕けているけど、それは見知った仲間しかいない空間だからという理由なだけにも思える。

「ま、今は悩め悩め」と、小清水先生はいたずらっぽく笑うと、勢いよく立ち上がった。そして、「それじゃあ頑張れよ」と別れを告げてから、ひらひらと手を振りながら部室を去っていく。

 再び部室に一人になった僕は、なんとなくすぐには帰る気になれなくて、意味もなく部室をくるくると歩いてから、ようやく帰路についた。