1
正式に青春部へ加入することを決めてから、僕の日常には確かな変化があった。
教室での変化は少し加瀬くんと話をすることが増えたくらいなものだったけど、放課後に部室で何気ない時間を過ごしたり、二週に一度の活動日を待ち遠しく思うことも増えた。それは日常の中の小さな一部分に過ぎなかったけど、今まで単調な日々を過ごして来ただけの僕にとっては大きな変化だった。
当然、刻一刻と迫る受験に向けて授業のスピードはますます早まっていき、毎日は瞬く間に過ぎていく。受験勉強と部活の二つに追われる毎日は今までよりもずっと忙しなかったけど、今までで一番充足感に満ちた日々だった。
そんな風に日々が流れて、気づけば夏が近づく気配が漂い始める季節になっていた。その間も二回ほど企画に挑戦してみたけど、相変わらず点数は片手で足りるくらいで、当然勝利はつかめていない。
そして、二カ月と少しが経っても相変わらずなのは、部活のメンバーたちとの距離感だ。赤川さんとはどうしても距離を作ってしまうし、小清水先生は先生という立場の壁があるし、晃嗣くんからの敵意は言わずもがなだ。
どうにかその関係を変えていきたいと考えていた、そんなある活動日のことだった。
「勝者、西峰青葉!」
小清水先生が勝敗を告げると、青葉は対戦相手の加瀬くんに、ふっ、と挑発的な笑みを向けて見せた。もちろん、こんな青葉は青春部だけの光景だ。
「やっぱり青葉は安定してるね。伊織も今回のは悪くなかったけど」
赤川さんが言うと、加瀬くんが憤慨する。
「今回のは、ってなんだ。のはって」
「だって、伊織は両極端すぎるんだもん。面白いとはすごく面白いけど、つまらないときはホントつまらないし」
赤川さんの冷静な声が、加瀬くんの胸をえぐる音がする。みんなもそれをフォローすることはしないで、共感するような様子だ。
「青葉はいつもこれくらいの点数なの?」僕は訊いた。
「青葉先輩は、安定して二桁に乗せてきますからね」
そう答えたのは晃嗣くんだった。言葉には棘があったけど、どこか誇らしげだ。
二桁なんて、僕には夢のまた夢の点数だ。まだ青葉と当たったことはないけど、間違いなく勝負にすらならない。
「バカにされてるけど、伊織だって最高得点保持者だし、青葉とも互角の戦績なんだぞ?」
「先生、そんなあからさまにフォローしないで……」
小清水先生の励ましにも、加瀬くんは拗ねた様子だ。
いつもみんなにからかわれているけど、加瀬くんがすごいのは分かっている。もちろん赤川さんも晃嗣くんも、レベルの高い企画を見せてきた。
せめて、いい勝負ができるくらいには頑張りたいけど……
「それより!」と加瀬くんは強引に話題を変えて、「そろそろ次の対戦カードの発表といこうじゃないか」
待ってましたと言うように、みんなは期待のこもった目を加瀬くんに向ける。間が空いたから、次は僕の番がくるんじゃないかという予感があった。
「次は――」
加瀬くんが数秒ほどの溜めを作る。その長さにみんながだんだんと焦れ始めた時、
「ちょっと変わり種を用意した」
「……変わり種?」晃嗣くんが怪訝に言った。
「そ。そろそろみんな普通の企画も飽きてきた頃かなあと思ってな。そんなみんなのために、ちょっとした刺激を用意したわけだ」
「前置きはいいから、結局変わり種ってなに」
赤川さんからの冷静な急かす声を受けて、加瀬くんは隠れるようにサングラスをかけ直した。
「……コホン。次回はなんと、久しぶりのペア対戦だ」
青葉と赤川さんが「おお」と歓声をあげ、晃嗣くんは怪訝な様子だった。
「ペア……?」
「晃嗣と古河は初めてだよな。ペア対戦っていうのは、要は二対二の対戦だ。
二人ずつのペアでそれぞれ企画を考えて、ペア同士で競い合うわけ」
「ペア同士で……」
つまり、今まで一人で考えて作っていた企画を、誰かと協力しながら作っていかなければいけないんだ。それは僕みたいな下手くそにとってはありがたいルールな気もする反面……
「青葉も莉愛も久しぶりだろ?」得意げに小清水先生が言った。
「……うん、一年ぶりくらいかも?」
赤川さんが答えた。部活の間、基本的にメンバーは(僕を除いて)小清水先生に対してはタメ口だ。
「で、そのペアっていうのはどうするんですか?」晃嗣くんが訊いた。
「ああ、俺は準備がいいからな。もちろん組み合わせはもう決めてある」
加瀬くんの言葉を受けて、みんなに緊張が走った気がした。もちろん僕もその一人だ。すべてを一人でこなす普段の活動と違って、協力が必要な今回の形式では、ペアの組み合わせが勝敗に直結するはずだ。
それに、同じペアになれれば一緒にいる時間だって……
僕は、ちらと青葉の方を見てから、すぐに加瀬くんの方を向いてその言葉を待った。
「まず一つ目のペアは――」
加瀬くんはそこでまたタメを作る。思わず唾を飲み込んだ。
「晃嗣と俺。……そして二つ目は、古河と莉愛だ」
加瀬くんからの発表を聞いて、ほうっと一度息を吐いた。青葉とペアになれなかった落胆と、赤川さんとペアを組む不安が入り混じった感覚だった。そこにたぶん、晃嗣くんとじゃなかった安堵も若干だけ混じっている。
思わず赤川さんの顔をのぞき見た。不安と不満が混じったような、そんな表情に見えた。
「……私、伊織とが良かった」
「まあまあ、俺とのペアは前に一回やっただろ?」
「でも……」と、まだ釈然としていない赤川さんに青葉が加わる。
「ねえ、伊織。ペアの変更はダメなの? 莉愛と春樹が組むのはまだ早いと思う。私が莉愛と替わった方が……」
「ダメだ。これは俺が昨日のうちにあみだで決めたことだからな。あみだの結果は変えられない」
加瀬くんは、青葉の提案をピシャリと退けた。
「ねえ、対戦カードって毎回あみだで決めてるの?」
そう訊くと、答えたのは小清水先生だった。
「基本的には、俺が伊織と相談しながら決めてんだ。同じカードが続いたり、一人に負担がかかったりしないように、満遍なくな。ただ、悩んだときは全部伊織の一存だ」
「というわけで、今回は俺の一存! 俺の決定が絶対だ! 部長の言うことに従いなさい!」
青葉と赤川さんは、加瀬くんの強引なその言葉に不満顔を浮かべながらも、これ以上文句を言うことはなかった。
こうして加瀬くんに押し切られる形で、次回の活動の対戦カードは、僕と赤川さんペア対加瀬くん晃嗣くんペアとの対戦に決定したのだった。
正式に青春部へ加入することを決めてから、僕の日常には確かな変化があった。
教室での変化は少し加瀬くんと話をすることが増えたくらいなものだったけど、放課後に部室で何気ない時間を過ごしたり、二週に一度の活動日を待ち遠しく思うことも増えた。それは日常の中の小さな一部分に過ぎなかったけど、今まで単調な日々を過ごして来ただけの僕にとっては大きな変化だった。
当然、刻一刻と迫る受験に向けて授業のスピードはますます早まっていき、毎日は瞬く間に過ぎていく。受験勉強と部活の二つに追われる毎日は今までよりもずっと忙しなかったけど、今までで一番充足感に満ちた日々だった。
そんな風に日々が流れて、気づけば夏が近づく気配が漂い始める季節になっていた。その間も二回ほど企画に挑戦してみたけど、相変わらず点数は片手で足りるくらいで、当然勝利はつかめていない。
そして、二カ月と少しが経っても相変わらずなのは、部活のメンバーたちとの距離感だ。赤川さんとはどうしても距離を作ってしまうし、小清水先生は先生という立場の壁があるし、晃嗣くんからの敵意は言わずもがなだ。
どうにかその関係を変えていきたいと考えていた、そんなある活動日のことだった。
「勝者、西峰青葉!」
小清水先生が勝敗を告げると、青葉は対戦相手の加瀬くんに、ふっ、と挑発的な笑みを向けて見せた。もちろん、こんな青葉は青春部だけの光景だ。
「やっぱり青葉は安定してるね。伊織も今回のは悪くなかったけど」
赤川さんが言うと、加瀬くんが憤慨する。
「今回のは、ってなんだ。のはって」
「だって、伊織は両極端すぎるんだもん。面白いとはすごく面白いけど、つまらないときはホントつまらないし」
赤川さんの冷静な声が、加瀬くんの胸をえぐる音がする。みんなもそれをフォローすることはしないで、共感するような様子だ。
「青葉はいつもこれくらいの点数なの?」僕は訊いた。
「青葉先輩は、安定して二桁に乗せてきますからね」
そう答えたのは晃嗣くんだった。言葉には棘があったけど、どこか誇らしげだ。
二桁なんて、僕には夢のまた夢の点数だ。まだ青葉と当たったことはないけど、間違いなく勝負にすらならない。
「バカにされてるけど、伊織だって最高得点保持者だし、青葉とも互角の戦績なんだぞ?」
「先生、そんなあからさまにフォローしないで……」
小清水先生の励ましにも、加瀬くんは拗ねた様子だ。
いつもみんなにからかわれているけど、加瀬くんがすごいのは分かっている。もちろん赤川さんも晃嗣くんも、レベルの高い企画を見せてきた。
せめて、いい勝負ができるくらいには頑張りたいけど……
「それより!」と加瀬くんは強引に話題を変えて、「そろそろ次の対戦カードの発表といこうじゃないか」
待ってましたと言うように、みんなは期待のこもった目を加瀬くんに向ける。間が空いたから、次は僕の番がくるんじゃないかという予感があった。
「次は――」
加瀬くんが数秒ほどの溜めを作る。その長さにみんながだんだんと焦れ始めた時、
「ちょっと変わり種を用意した」
「……変わり種?」晃嗣くんが怪訝に言った。
「そ。そろそろみんな普通の企画も飽きてきた頃かなあと思ってな。そんなみんなのために、ちょっとした刺激を用意したわけだ」
「前置きはいいから、結局変わり種ってなに」
赤川さんからの冷静な急かす声を受けて、加瀬くんは隠れるようにサングラスをかけ直した。
「……コホン。次回はなんと、久しぶりのペア対戦だ」
青葉と赤川さんが「おお」と歓声をあげ、晃嗣くんは怪訝な様子だった。
「ペア……?」
「晃嗣と古河は初めてだよな。ペア対戦っていうのは、要は二対二の対戦だ。
二人ずつのペアでそれぞれ企画を考えて、ペア同士で競い合うわけ」
「ペア同士で……」
つまり、今まで一人で考えて作っていた企画を、誰かと協力しながら作っていかなければいけないんだ。それは僕みたいな下手くそにとってはありがたいルールな気もする反面……
「青葉も莉愛も久しぶりだろ?」得意げに小清水先生が言った。
「……うん、一年ぶりくらいかも?」
赤川さんが答えた。部活の間、基本的にメンバーは(僕を除いて)小清水先生に対してはタメ口だ。
「で、そのペアっていうのはどうするんですか?」晃嗣くんが訊いた。
「ああ、俺は準備がいいからな。もちろん組み合わせはもう決めてある」
加瀬くんの言葉を受けて、みんなに緊張が走った気がした。もちろん僕もその一人だ。すべてを一人でこなす普段の活動と違って、協力が必要な今回の形式では、ペアの組み合わせが勝敗に直結するはずだ。
それに、同じペアになれれば一緒にいる時間だって……
僕は、ちらと青葉の方を見てから、すぐに加瀬くんの方を向いてその言葉を待った。
「まず一つ目のペアは――」
加瀬くんはそこでまたタメを作る。思わず唾を飲み込んだ。
「晃嗣と俺。……そして二つ目は、古河と莉愛だ」
加瀬くんからの発表を聞いて、ほうっと一度息を吐いた。青葉とペアになれなかった落胆と、赤川さんとペアを組む不安が入り混じった感覚だった。そこにたぶん、晃嗣くんとじゃなかった安堵も若干だけ混じっている。
思わず赤川さんの顔をのぞき見た。不安と不満が混じったような、そんな表情に見えた。
「……私、伊織とが良かった」
「まあまあ、俺とのペアは前に一回やっただろ?」
「でも……」と、まだ釈然としていない赤川さんに青葉が加わる。
「ねえ、伊織。ペアの変更はダメなの? 莉愛と春樹が組むのはまだ早いと思う。私が莉愛と替わった方が……」
「ダメだ。これは俺が昨日のうちにあみだで決めたことだからな。あみだの結果は変えられない」
加瀬くんは、青葉の提案をピシャリと退けた。
「ねえ、対戦カードって毎回あみだで決めてるの?」
そう訊くと、答えたのは小清水先生だった。
「基本的には、俺が伊織と相談しながら決めてんだ。同じカードが続いたり、一人に負担がかかったりしないように、満遍なくな。ただ、悩んだときは全部伊織の一存だ」
「というわけで、今回は俺の一存! 俺の決定が絶対だ! 部長の言うことに従いなさい!」
青葉と赤川さんは、加瀬くんの強引なその言葉に不満顔を浮かべながらも、これ以上文句を言うことはなかった。
こうして加瀬くんに押し切られる形で、次回の活動の対戦カードは、僕と赤川さんペア対加瀬くん晃嗣くんペアとの対戦に決定したのだった。