11
土曜の疲れが残っていた日曜日は身体を休めているうちに過ぎて、あっという間に月曜日がやってきた。
平日の学校は何百もの生徒や先生たちでにぎやかで、いつもと変わらない時間が過ぎていく。教室の加瀬くんや青葉も、廊下で見かけた赤川さんも、また普段通りの表情を見せている。
まるで全部が嘘みたいだったみたいに思えるこの感覚は二回目だけど、やっぱりまだ慣れそうにない。
だけどそれが嘘ではないと言うように、小清水先生から企画の得点を告げられた時に覚えた無力感は、今も身体の芯にこびりついて離れていなかった。その瞬間みんなの間に漂った静寂も、まだこの耳が覚えている。
自分に勝ち目がないことなんて、自分には面白いことをする才能がないことなんて、最初から分かっていたことだった。なのに、そこへ手を伸ばそうとしたことは、おこがましいことだったのかもしれない。
悔しさはない。そのはずだった。それなのに、胸の辺りに何かがつかえる感覚は、いつまでも消えてくれなかった。
やがて帰りのHRが終わり、放課後の時間になった。特に教室に残る用事もなくて、荷物を背負うと真っ先に教室を後にした。
だけど廊下を出てすぐ、僕の名前を呼ぶ声があった。落ち着きのあるその低い声は、振り返らなくても分かった。
加瀬くんに呼び止められた僕は、そのまま同じ階にある小さな教室まで連れられていた。そこは、椅子や机といった備品がいくつか置かれているだけの空き教室だった。
「この教室は? 勝手に入ってよかったの?」
「ああ、ここは一応俺たちの部室になっているからな」
「部室って……非公認なんでしょ?」
「ここは、本来は小清水先生が表向きに担当している部の部室なんだ。けど、その部活には幽霊部員しかいなくなって、代わりに青春部が使っているというわけだ」
「へ、へえ……」
いくら使う人がいないとは言え、勝手に使っていいのかなあ、とそんな疑問は口にしない。この部活にそんな疑問は今さらだ。
「さて」と、加瀬くんは教室に置かれていた古びた椅子に座った。「初めて活動に参加してみてどうだった?」
「……痛感したよ。僕には、みんなみたいに面白いことなんてできない。もしかしたら、なんて少しは思ってたけど、やっぱり僕には無理みたいだ」
自嘲するように僕は言った。一度自分で企画をやってみて、骨身にしみて分かったことだった。
「まだ最初なんだから、結果を気にすることはないさ」
「ううん、結果だけじゃない。分かるんだよ、僕には向いてないんだ」
「そんなこと――」
「誘ってくれたのは嬉しかったし、みんなといた時は、少しは自分が変われたような気がしたんだ。……けど、やっぱり僕はみんなみたいに才能があるわけじゃないから。地に足つけて、真面目に生きるしかないんだよ」
僕は、青葉や加瀬くんたちとは違う。華々しい人だけが立てるその舞台に、上がることは許されない。それくらいのことは、ちゃんとわきまえている。
だけど加瀬くんは、強い口調でそれを否定した。
「才能は関係ない。本人に青春をしたい気持ちがあるかどうか、必要なのはそれだけだ」
「でも、あそこは僕なんかがいていい場所じゃないよ。みんなすごい人ばっかりだし」
「それはたまたまそういう人が集まっただけに過ぎない」
「でも――」
「それに、俺たちは古河が思っているようなたいそうな人間じゃない。みんな何かが欠けていて、何かを求めていて、それが青春という一つの共通の目的になっただけのことなんだ」
加瀬くんの言葉が、すぐには理解できなかった。
青葉や加瀬くんみたいなこの学校の有名人が、青春なんていうものを求めて夜の旧校舎に集まっていることの意味が、僕には想像できなかった。
「でもさ、そもそも何で僕を誘ったの?」
加瀬くんが僕を部活に誘ったのは、初めて言葉を交わしたその日のことだった。唐突のことで驚いたのは、今でもよく覚えている。
「古河の求めているものも俺たちと同じだと思ったから。青葉とも幼馴染だと聞いていたし、この部活のことを話せるだけの信頼に足る人物だということは、話をしてすぐに分かったからな」
「まあ確かに、口は堅い方だけど……」
「そして、これはただの俺の直感だが……古河は、俺たちと真逆だと思ったからだ」
「真逆? 反対なのに誘ったの?」
「ああ。つまり期待しているんだ。この部活は、才能はあるが問題もあるやつらばかりだからな。古河なら何かを変えてくれるんじゃないか、と。……これだけの理由では足りないか?」
そう語る加瀬くんの顔は真剣だった。
この僕があれだけのメンバーがそろった部活を変えていけるなんて、そんな話はあり得ない。けど、それだけの期待をかけてもらえたことが嬉しかった。
「加瀬くんは、僕のことを買いかぶりすぎだよ。僕が何かを変えるなんて――けど、もし僕に出来る範囲でもいいなら、これからも頑張っていきたい。かな」
僕は覚悟を込めた目で加瀬くんの顔を見た。もちろん不安は消えていないけど、これだけのチャンスを前にして逃げ出すことだけはしたくなかった。
加瀬くんは、安心したような笑みを浮かべた。
「……よかった。無理やり誘って、古河を困らせたんじゃないかと心配していたから」
その時、ドアが開く音がして、見ると青葉が入ってきたところだった。
「探したよ。やっぱりここにいたんだ」
「ごめん、ちょっと加瀬くんと話してて」
「春樹にもここのことを教えたんだ」
青葉の視線が加瀬くんの方を向いた。
「ああ。古河になら教えても大丈夫だと思ったから」
「でも、春樹はまだ部活に――」
青葉は困ったように慌てて、僕はそれを遮った。
「青葉。僕、青春部に入るよ。どこまでできるか分からないけど、もう少し頑張ってみたいんだ」
言葉に力を込めてそう宣言すると、青葉は一瞬だけあっけにとられた表情をして、やがて優しく微笑んだ。
「……そっか。うん、良かった」
不意打ちなその笑顔はあまりにも反則で、きっと僕の顔は一瞬でのぼせ上ってしまっていた。そして胸の辺りがいっぱいになって、単純だけど、ますます頑張っていこうと思えていた。
土曜の疲れが残っていた日曜日は身体を休めているうちに過ぎて、あっという間に月曜日がやってきた。
平日の学校は何百もの生徒や先生たちでにぎやかで、いつもと変わらない時間が過ぎていく。教室の加瀬くんや青葉も、廊下で見かけた赤川さんも、また普段通りの表情を見せている。
まるで全部が嘘みたいだったみたいに思えるこの感覚は二回目だけど、やっぱりまだ慣れそうにない。
だけどそれが嘘ではないと言うように、小清水先生から企画の得点を告げられた時に覚えた無力感は、今も身体の芯にこびりついて離れていなかった。その瞬間みんなの間に漂った静寂も、まだこの耳が覚えている。
自分に勝ち目がないことなんて、自分には面白いことをする才能がないことなんて、最初から分かっていたことだった。なのに、そこへ手を伸ばそうとしたことは、おこがましいことだったのかもしれない。
悔しさはない。そのはずだった。それなのに、胸の辺りに何かがつかえる感覚は、いつまでも消えてくれなかった。
やがて帰りのHRが終わり、放課後の時間になった。特に教室に残る用事もなくて、荷物を背負うと真っ先に教室を後にした。
だけど廊下を出てすぐ、僕の名前を呼ぶ声があった。落ち着きのあるその低い声は、振り返らなくても分かった。
加瀬くんに呼び止められた僕は、そのまま同じ階にある小さな教室まで連れられていた。そこは、椅子や机といった備品がいくつか置かれているだけの空き教室だった。
「この教室は? 勝手に入ってよかったの?」
「ああ、ここは一応俺たちの部室になっているからな」
「部室って……非公認なんでしょ?」
「ここは、本来は小清水先生が表向きに担当している部の部室なんだ。けど、その部活には幽霊部員しかいなくなって、代わりに青春部が使っているというわけだ」
「へ、へえ……」
いくら使う人がいないとは言え、勝手に使っていいのかなあ、とそんな疑問は口にしない。この部活にそんな疑問は今さらだ。
「さて」と、加瀬くんは教室に置かれていた古びた椅子に座った。「初めて活動に参加してみてどうだった?」
「……痛感したよ。僕には、みんなみたいに面白いことなんてできない。もしかしたら、なんて少しは思ってたけど、やっぱり僕には無理みたいだ」
自嘲するように僕は言った。一度自分で企画をやってみて、骨身にしみて分かったことだった。
「まだ最初なんだから、結果を気にすることはないさ」
「ううん、結果だけじゃない。分かるんだよ、僕には向いてないんだ」
「そんなこと――」
「誘ってくれたのは嬉しかったし、みんなといた時は、少しは自分が変われたような気がしたんだ。……けど、やっぱり僕はみんなみたいに才能があるわけじゃないから。地に足つけて、真面目に生きるしかないんだよ」
僕は、青葉や加瀬くんたちとは違う。華々しい人だけが立てるその舞台に、上がることは許されない。それくらいのことは、ちゃんとわきまえている。
だけど加瀬くんは、強い口調でそれを否定した。
「才能は関係ない。本人に青春をしたい気持ちがあるかどうか、必要なのはそれだけだ」
「でも、あそこは僕なんかがいていい場所じゃないよ。みんなすごい人ばっかりだし」
「それはたまたまそういう人が集まっただけに過ぎない」
「でも――」
「それに、俺たちは古河が思っているようなたいそうな人間じゃない。みんな何かが欠けていて、何かを求めていて、それが青春という一つの共通の目的になっただけのことなんだ」
加瀬くんの言葉が、すぐには理解できなかった。
青葉や加瀬くんみたいなこの学校の有名人が、青春なんていうものを求めて夜の旧校舎に集まっていることの意味が、僕には想像できなかった。
「でもさ、そもそも何で僕を誘ったの?」
加瀬くんが僕を部活に誘ったのは、初めて言葉を交わしたその日のことだった。唐突のことで驚いたのは、今でもよく覚えている。
「古河の求めているものも俺たちと同じだと思ったから。青葉とも幼馴染だと聞いていたし、この部活のことを話せるだけの信頼に足る人物だということは、話をしてすぐに分かったからな」
「まあ確かに、口は堅い方だけど……」
「そして、これはただの俺の直感だが……古河は、俺たちと真逆だと思ったからだ」
「真逆? 反対なのに誘ったの?」
「ああ。つまり期待しているんだ。この部活は、才能はあるが問題もあるやつらばかりだからな。古河なら何かを変えてくれるんじゃないか、と。……これだけの理由では足りないか?」
そう語る加瀬くんの顔は真剣だった。
この僕があれだけのメンバーがそろった部活を変えていけるなんて、そんな話はあり得ない。けど、それだけの期待をかけてもらえたことが嬉しかった。
「加瀬くんは、僕のことを買いかぶりすぎだよ。僕が何かを変えるなんて――けど、もし僕に出来る範囲でもいいなら、これからも頑張っていきたい。かな」
僕は覚悟を込めた目で加瀬くんの顔を見た。もちろん不安は消えていないけど、これだけのチャンスを前にして逃げ出すことだけはしたくなかった。
加瀬くんは、安心したような笑みを浮かべた。
「……よかった。無理やり誘って、古河を困らせたんじゃないかと心配していたから」
その時、ドアが開く音がして、見ると青葉が入ってきたところだった。
「探したよ。やっぱりここにいたんだ」
「ごめん、ちょっと加瀬くんと話してて」
「春樹にもここのことを教えたんだ」
青葉の視線が加瀬くんの方を向いた。
「ああ。古河になら教えても大丈夫だと思ったから」
「でも、春樹はまだ部活に――」
青葉は困ったように慌てて、僕はそれを遮った。
「青葉。僕、青春部に入るよ。どこまでできるか分からないけど、もう少し頑張ってみたいんだ」
言葉に力を込めてそう宣言すると、青葉は一瞬だけあっけにとられた表情をして、やがて優しく微笑んだ。
「……そっか。うん、良かった」
不意打ちなその笑顔はあまりにも反則で、きっと僕の顔は一瞬でのぼせ上ってしまっていた。そして胸の辺りがいっぱいになって、単純だけど、ますます頑張っていこうと思えていた。