10
結果発表が終わると同時にみんなは調理室を後にして、どうやら再び晃嗣くんのおばけ屋敷の方を目指して歩いているようだった。相変わらず僕はそれについていくようにして歩いていると、その途中の廊下で青葉が慰めるように言った。
「点数や勝敗は気にしなくていいよ。今回が初めてだったんだから」
「大丈夫だよ。そこまでは落ち込んでないから」
僕はなんでもない風を装うように、苦笑を浮かべてみせた。
小清水先生が発表した今回の僕の得点は、過去最低点だったらしい。けど、驚きもなかったし、悔しさもなかった。こんな結果、最初から分かりきっていたことだ。
「それならいいけど、春樹はなんでも気にしすぎるから」
「まあ、間違ってはいないけどさ……」
「青葉、なんか古河に対してだけ態度が違くないか?」
前を歩く加瀬くんが振り向きながら、からかうように言った。青葉はそれを「うるさい」と一蹴する。
そんな話をしていると、再び晃嗣くんの作ったおばけ屋敷の入り口が見えた。真っ黒で不気味な暖簾は変わらずに、次の来訪者を待つようにわずかに揺れている。
晃嗣くんはその入り口の前に立つと、一度背中を伸ばして、
「――さて。それじゃあ片づけを始めましょうか」
その声を合図にするように、みんなも一斉におばけ屋敷へと向かっていく。今から何が始まるのかを直感して、僕だけが動けずにいた。
「やっぱり、このおばけ屋敷はもう壊しちゃうの?」
その声に答えたのは晃嗣くんだった。
「ええ、そうですよ。企画っていうのは、その一回のためだけのものですから。だから、このおばけ屋敷はお役御免で取り壊しです。次回は別の誰かが、また別の面白いものを見せてくれますから」
言いながら、晃嗣くんは入り口の暖簾のひもを、吊り下げている廊下の天井からむしり取っていく。ベリッ、ベリッ、と音を立てて、それはあっけなく壊れていった。
それを作ったはずのその手で、今度はそれを躊躇もなしに破壊をする。一見すると、それはとても残酷な行為に思えた。
「こうして、ちゃんときれいに片付けるまでが企画なんだ」
加瀬くんは、額の上に乗せていたサングラスを目の位置にかけなおしながら言った。
「そう。準備は個人が、片づけはみんなでやるのもこの部活のルールだ」
小清水先生がさらに補足を加えた。入り口が壊されると、いよいよみんなはお化け屋敷の中に入っていき、その内装を解体していく。
ベリベリと音を立てて、教室にコースを作っていたパーテーションの壁が壊される。不気味な雰囲気を醸し出す絵画たちが取り外される。足元に風を送っていた送風機が、その姿をさらした。
あんなに怖かったはずの景色が、一瞬にしてその姿を変える。その中でみんなは楽しげに談笑をしながら、ただ破壊を続けていた。
確かに残酷な行為かもしれない。だけど、それをしているみんなの姿は、とてもきれいなものに見えた。
みんながこの一瞬に生きている。今という瞬間を、全力で生きているんだ。
だからたった一回きりの企画のためにどこまでも全力になれて、そしてそれを壊すことに躊躇うことをしない。
それに気づいた瞬間、僕の身体も動き出していた。楽しげに片づけを続けるみんなに加わって、僕もそれを壊し始めた。
それから三十分ほどが経って、だんだんと片付けも佳境に入り、中教室がほとんど普通の教室の姿を取り戻した頃だった。
青葉は中教室を見渡して、しみじみと言った。
「こうしてキレイさっぱりなくしちゃうと、なんだかあっけないね」
その声に加瀬くんが応える。
「だな。でも仕掛けが分かったりして面白かったけどな。けど、最後の女子生徒のシルエットみたいなやつ、あれはどうやったんだ? それっぽい仕掛けは見当たらなかったけど……」
「女子生徒の? いえ、そんなものは別に用意していませんが……」
そう答える晃嗣くんは、本当に何のことか分からないような様子だった。その反応に、一瞬にして空気が凍りつく。
「……え? みんなも見ただろ? うちの制服を着た、髪の長い……」
慌てる加瀬くんの言葉に、みんなは小さくうなずいた。僕自身、その時のことは鮮明に覚えていた。無造作に伸びた長い髪も、袖からのぞいていた青白い手も、全部確かにこの目で見たはずだった。
『ねえ、一人にしないで……』
その時に聞いた彼女の声がよみがえる。その時は動転していて気づかなかったけど、あれは耳に直接届くような不思議な感覚だった。
「うん、あの声もすごく変な感覚だったし」
僕がつぶやくと、加瀬くんは目を見開いた。
「なっ……古河おまえ、声まで聴いたのか!?」
「え、うん」
どうやら声を聞いたのは僕だけだったのか、他の誰も同感する人はない。ますます空気が重くなって、しばらくの沈黙が流れた後、赤川さんがぽつりと言った。
「これって絶対、旧校舎に出るって噂の幽霊だよね……?」
相変わらず青葉は冷静に、
「幽霊は怖い話をすると出てくるっていうから。おばけ屋敷に反応したのかも――」
「やめろおおお!! 俺たちは何も見なかった! いいな!?」
加瀬くんが叫ぶ。おばけ屋敷に入った時も悲鳴を上げていたけど、どうやら怖い話は苦手らしい。みんなはわざと怖い話をしたりして、怖がる加瀬くんのことをからかって盛り上がっている。
その輪の外で、真剣な顔をした小清水先生が「やっぱり、まだいたんだな」と、小さくつぶやく声が聞こえた。
結果発表が終わると同時にみんなは調理室を後にして、どうやら再び晃嗣くんのおばけ屋敷の方を目指して歩いているようだった。相変わらず僕はそれについていくようにして歩いていると、その途中の廊下で青葉が慰めるように言った。
「点数や勝敗は気にしなくていいよ。今回が初めてだったんだから」
「大丈夫だよ。そこまでは落ち込んでないから」
僕はなんでもない風を装うように、苦笑を浮かべてみせた。
小清水先生が発表した今回の僕の得点は、過去最低点だったらしい。けど、驚きもなかったし、悔しさもなかった。こんな結果、最初から分かりきっていたことだ。
「それならいいけど、春樹はなんでも気にしすぎるから」
「まあ、間違ってはいないけどさ……」
「青葉、なんか古河に対してだけ態度が違くないか?」
前を歩く加瀬くんが振り向きながら、からかうように言った。青葉はそれを「うるさい」と一蹴する。
そんな話をしていると、再び晃嗣くんの作ったおばけ屋敷の入り口が見えた。真っ黒で不気味な暖簾は変わらずに、次の来訪者を待つようにわずかに揺れている。
晃嗣くんはその入り口の前に立つと、一度背中を伸ばして、
「――さて。それじゃあ片づけを始めましょうか」
その声を合図にするように、みんなも一斉におばけ屋敷へと向かっていく。今から何が始まるのかを直感して、僕だけが動けずにいた。
「やっぱり、このおばけ屋敷はもう壊しちゃうの?」
その声に答えたのは晃嗣くんだった。
「ええ、そうですよ。企画っていうのは、その一回のためだけのものですから。だから、このおばけ屋敷はお役御免で取り壊しです。次回は別の誰かが、また別の面白いものを見せてくれますから」
言いながら、晃嗣くんは入り口の暖簾のひもを、吊り下げている廊下の天井からむしり取っていく。ベリッ、ベリッ、と音を立てて、それはあっけなく壊れていった。
それを作ったはずのその手で、今度はそれを躊躇もなしに破壊をする。一見すると、それはとても残酷な行為に思えた。
「こうして、ちゃんときれいに片付けるまでが企画なんだ」
加瀬くんは、額の上に乗せていたサングラスを目の位置にかけなおしながら言った。
「そう。準備は個人が、片づけはみんなでやるのもこの部活のルールだ」
小清水先生がさらに補足を加えた。入り口が壊されると、いよいよみんなはお化け屋敷の中に入っていき、その内装を解体していく。
ベリベリと音を立てて、教室にコースを作っていたパーテーションの壁が壊される。不気味な雰囲気を醸し出す絵画たちが取り外される。足元に風を送っていた送風機が、その姿をさらした。
あんなに怖かったはずの景色が、一瞬にしてその姿を変える。その中でみんなは楽しげに談笑をしながら、ただ破壊を続けていた。
確かに残酷な行為かもしれない。だけど、それをしているみんなの姿は、とてもきれいなものに見えた。
みんながこの一瞬に生きている。今という瞬間を、全力で生きているんだ。
だからたった一回きりの企画のためにどこまでも全力になれて、そしてそれを壊すことに躊躇うことをしない。
それに気づいた瞬間、僕の身体も動き出していた。楽しげに片づけを続けるみんなに加わって、僕もそれを壊し始めた。
それから三十分ほどが経って、だんだんと片付けも佳境に入り、中教室がほとんど普通の教室の姿を取り戻した頃だった。
青葉は中教室を見渡して、しみじみと言った。
「こうしてキレイさっぱりなくしちゃうと、なんだかあっけないね」
その声に加瀬くんが応える。
「だな。でも仕掛けが分かったりして面白かったけどな。けど、最後の女子生徒のシルエットみたいなやつ、あれはどうやったんだ? それっぽい仕掛けは見当たらなかったけど……」
「女子生徒の? いえ、そんなものは別に用意していませんが……」
そう答える晃嗣くんは、本当に何のことか分からないような様子だった。その反応に、一瞬にして空気が凍りつく。
「……え? みんなも見ただろ? うちの制服を着た、髪の長い……」
慌てる加瀬くんの言葉に、みんなは小さくうなずいた。僕自身、その時のことは鮮明に覚えていた。無造作に伸びた長い髪も、袖からのぞいていた青白い手も、全部確かにこの目で見たはずだった。
『ねえ、一人にしないで……』
その時に聞いた彼女の声がよみがえる。その時は動転していて気づかなかったけど、あれは耳に直接届くような不思議な感覚だった。
「うん、あの声もすごく変な感覚だったし」
僕がつぶやくと、加瀬くんは目を見開いた。
「なっ……古河おまえ、声まで聴いたのか!?」
「え、うん」
どうやら声を聞いたのは僕だけだったのか、他の誰も同感する人はない。ますます空気が重くなって、しばらくの沈黙が流れた後、赤川さんがぽつりと言った。
「これって絶対、旧校舎に出るって噂の幽霊だよね……?」
相変わらず青葉は冷静に、
「幽霊は怖い話をすると出てくるっていうから。おばけ屋敷に反応したのかも――」
「やめろおおお!! 俺たちは何も見なかった! いいな!?」
加瀬くんが叫ぶ。おばけ屋敷に入った時も悲鳴を上げていたけど、どうやら怖い話は苦手らしい。みんなはわざと怖い話をしたりして、怖がる加瀬くんのことをからかって盛り上がっている。
その輪の外で、真剣な顔をした小清水先生が「やっぱり、まだいたんだな」と、小さくつぶやく声が聞こえた。