思わず、「え、そうなの?」と、俺の方がコーヤに聞いてしまう。


「ていうかコーヤ、手話出来たの?」

「出来ないけど、おはようくらいは基本でしょ」


基本か。全然知らなかった。

律が、自分の言いたいことを家族には手話で伝えているという話は前に聞いたけど、正直、俺には手話なんて関係ないなと思っていた。
テレパシーだってあるし、そうじゃなくても律は普段、携帯の画面に自分の言いたいことを打って……あ、今は携帯回収されてるんだった。



律の手話に対して、市川さんは無反応だった。
おはよう、と返すこともなければ……あからさまに無視をすることもなかった。

戸惑っているように、俺には見えた。


律はもう一度、さっきと同じ手の動きをしてみせる。
おはよう、だ。言われてみれば、両手の人差し指を曲げている形は、人と人とが挨拶をしている様子みたいに見える。



市川サンは相変わらず無反応だったが、そんな彼女に、律は今度は、違う手の形をしてみせた。

親指と人差し指をつまむようにして、おでこにつけ、それを離すと同時に手を広げた。

手話は全く読み取れないが、これはもしかして。


「ごめん、だね」

コーヤが隣で解説してくれた。
やっぱり、律は市川さんに謝ってるんだ。昨日、先に手を出したことを。