《ねえ、達樹君》

教室へと戻る途中の廊下で、律が俺に話し掛ける。


「何?」

《あ、さっきまでと違って周りに人が増え始めたから、怪しまれないように達樹君もテレパシーで話して》

律にそう言われ、俺も「あ、ああ」と返す。
確かに、さっきは周囲に誰もいなかったけど、今俺が一人で喋っていたら、不審に思う人がたくさんいるだろう。


《……で、何?》

《うん。さっきの話なんだけど、達樹君はさ、中学の途中から、あんまり笑わなくなったよね》


……その話か。
そうだよ。自覚はある。
でも、理由なんか言えない。その理由には、律もかかわっているけど。
俺は何も答えなかった。

すると律は。


《何か悩みでもあるの?》

《別に、悩みって訳じゃないけど》

《そう。それなら……



笑ってほしいな》



「……え?」と、思わず声に出して、律を見た。


律は、ふんわりとした優しい笑みを浮かべて、俺を見ている。


そして、こう言うのだった。



《私、達樹君が楽しそうに笑ってる顔が好きだった。中学の途中から全然笑わなくなって、達樹君、いつの間にか変わっちゃったのかなって思ってたの。でも、それは違った》


《え?》


《だって今日、私に防犯ブザーくれた。優しいところは、昔から何も変わってない。


達樹君が昔と何も変わってないのならーー


私は、笑うこともやめないでほしい》



胸がきゅっと締め付けられて、切ない。

俺に笑ってもいいなんて言葉、律が一番言ったらいけないんだよ。

だって俺は、律を傷付けた〝あの日〟から笑わなくなったんだ。
笑ったり楽しんだりすることが、とてもいけないことのように思っていたんだ。


それでも、本当は笑いたかった。
こんな冷めた自分、嫌だった。


律が俺に笑っていいと言ってくれるなら。律がそれを望んでいるのなら。


俺はーー。