《よし。じゃあ今度こそ先に教室戻りましょう》

そう言って、律は先に階段を下りていく。

三段ほど下りたところで、律は足を止めて俺に振り返った。


《そう言えば中学生の頃、たまたま朝一緒に教室に入ったら、あいつら付き合ってんじゃね? って噂されたことあったわよね》


「え……うん」


確かにあった。俺が律のことを好きで、なるべくたくさん話し掛けていた時期だったから、余計にそんな噂が立ったのだと思う。


何で今そんな話を? とも思ったが、律の表情は笑っていて、多分深い意味はない、ただの思い出話だと思った。



「噂立ったの、嫌だった?」

《ふふ、全然。気にしてなかった。
でも、今だったら、嫌かも》

「え?」

《達樹君が、同情で私と付き合ってるって思う人がいそうじゃない? それは達樹君にも悪いし》

そう言って、律はトントンとスムーズに更に階段を下りていく。


……何だよ、それ。
冗談なのか本音なのかも分からねえよ。冗談だとしても、全く笑えない。
そんな悲しいこと、律に言ってほしくない。


……もしかしたら、自分に優しくする人間が、全部同情だとでも思ってるのか?


そうだとしたら、それは絶対に違う。



「……律っ」


声を掛けると、ちょうど階段を全て下りきったところで律が足を止め、さっきみたいに俺に振り返る。



「これ、やる」


同じく階段をおりきり、律の正面に立った俺は、制服のズボンのポケットに入れていたそれを取り出し、差し出した。

夕べ買った、ピンク色の防犯ブザーだ。