ちょっと、練習してみよう。

俺は、女性アイドルが表紙のテレビ雑誌を机の上に立て、それを律だと思いながら、


「律、これ、やる」

とか、言ってみるけど。

駄目だ、何か淡白過ぎて不自然だ。


「律。最近さ、変質者が出るって担任が言ってたじゃん。何かあった時に、これを使ってくれよ? ここのボタンを強く押すと大きな音が出るからさ。そうすれば、誰かが音に気付いて助けに来てくれるからさ」


……ウザい。長すぎてウザい。説明口調過ぎる。


大体、今でも「律」って呼んでいいのか? 今日だって、それが分からなくて殆ど「お前」って呼んで誤魔化してたし。


でも、「お前」って呼び続けるのは、それはそれで失礼だ。

…….決めた。俺はまた、律、って呼ぼう。
そうと決めたら、防犯ブザーを渡す練習より、まずは名前で呼ぶ練習をした方がいいんじゃないか?



ーー律、律。

こうして呪文のように心の中で何度も呼び続けていれば、本人を目の前にしてもきっと自然と呼べるはずだ。


ーー律、律、律。

ほんと俺、一体何してんだって感じだけど……。



その時だった。



「ん……っ?」


頭の中で、キーン、という音がする。
痛い訳ではない。目眩がする訳でもない。
ただ、さっきまでとは明らかに違う。こんな音、今まで聞いたこともない。

いや、聞こえるというよりは、頭に直接響いてくる。
何だ? この現象……。


疲れてるのかな。まあいいか、続けよう。えーと、律、律……。





《……達樹くん?》