その後、何とか電車が到着し、俺達はそれに乗り込んだ。遅延後だから、満員電車だ。
「今日一日遊んだから、明日は宿題しないといけないな」
電車に揺られながら、俺はそんな、どうでもいいようなことを律に伝えた。
どうでもいいことを話しているのに、俺は勝手に幸せを感じてしまう。
律も、今日は夕方からずっと泣いていたのに、今は穏やかな笑顔で俺を見つめてくれている。
律が、両手をさっさっと素早く動かしていく。
「ごめん、何? 分かんなかった」
手話を勉強しているとはいえ、まだまだマスターには程遠い。
でも今の指の動きを何とか自力で理解したかったので、携帯の画面に文字を入力しようとした律を片手で制し「もう一回やって」とお願いした。
律は笑って、もう一回さっきと同じ様にに手を動かしてくれた。
さっきより随分ゆっくりと動かしてくれたので、その意味を理解することが出来た。
〝そう言いつつ、昼寝してそう〟。
律は手話でそう言っていた。うるせーよ、と笑いながら返す。
〝明日、昼寝から起こす為にメッセージ送ってあげる〟。
くすっと笑う律にそう言われ、俺は「昼寝しないっつーの」とやっぱり笑いながら答えた。
どうでもいいようなことを伝える。
どうでもいいようなことで笑い合う。
こんな時間が、ずっと続いてほしい。そう感じた。
電車を降り、俺は律の家の前まで送っていった。
一応、玄関先で律のお母さんに挨拶だけしていこうかと思ったら、お父さんが出てきたから少し気まずかった。
そんな俺を見て、律がおかしそうにまた笑った。
律の家を後にし、自分の家に向かって歩き出す。
ちら、と肩越しに振り返れば、律は笑顔で手を振ってくれていた。
可愛いな、なんて思いながら、俺も律に手を振り返した。
律と、この時間をいつまでも――。
そう思っていたのに、この数ヶ月後、律は俺の前から姿を消した。