「これから帰るのか?」

俺の問い掛けに、言葉を話せない律はコク、と頷く。


「もう十九時だけど、部活か?」

今度はふるふると首を横に振る。部活ではないらしい。


「えーと……」

言葉に詰まる。何を言えばいいんだ? 今みたいに、yesかnoで答えられる質問の方がいいのかな。


そんなことを考えていると、律は制服のスカートのポケットから携帯を取り出す。そして何かを打ち始める。それをしばらくそれを見つめていると、律は俺の方へ歩いてきてその画面を見せてくる。


それは、メモアプリの入力画面で。


【図書館で本読んでたらこの時間になったの。】


と、書かれていた。

なるほど。律が本読んでる姿って中学時代はあんまり見たことなかったけど。

……図書館なら人と話さなくてもゆっくりと過ごせるし、律にとっては気が楽な場所なのかもしれないな……なんて思った。


俺はノートを取りにきたんだ、と言って、自分の机の引き出しの中から、目的のそれを取り出し、鞄にしまう。


さて、どうするか。
律とは同じ中学出身なだけあって、家の方向は同じ。律も徒歩通学のはずだし、一緒に帰るか?

だけど、いくら以前は仲良かったとはいえ、ここしばらくはずっと会話もなく、今は本当に久し振りのコミュニケーションだった。一緒に帰ろうなんて誘ったら、逆に不自然じゃないか?


色々考えていた時、ホームルームで担任が言っていたことを思い出す。


『変質者が……』


……。

律は可愛いし、変質者のターゲットにされる可能性は……大いにありうるだろう。

それに、律は声が出せない。危ない目に遭いそうになったとしても……大声を出せない。誰にも助けを求められない。


そう考えたら急にゾッとして、俺は律に向き合う。

律は、不思議そうな顔をして、小首を傾げて俺を見る。


「お、お前も帰るんだろ。送ってくから、一緒に帰ろうぜ」


思い切ってそう言ってみると、律は一瞬きょとんとした顔をしてきたもののーー鞄を持って、こくんと頷いた。