この声、聞こえますか?

俺と律との関係も、相変わらずだ。

教室では、周りの目もあるしいつも通りに過ごす。

放課後は、俺は部活があるし、律も最近は放課後の図書館には行かず、同じく帰宅部の千花と村田さんと一緒に帰っているようだったので、放課後デートなんていうものもなかった。


帰宅後に、今までよりはメッセージのやり取りをすることが増えたものの、好きだよ、私も、みたいな恥ずかしいやり取りは一度もなし。テレビの話とか授業の話とか、そんな内容だった。


休日も俺が部活があるから予定も合わず、結局一度もデートしていないから……当然、キスとかもしていない。

付き合えるようになったのは嬉しいけれど、友達の期間が長すぎた。
突然恋人同士らしくするのは困難だ。

でも、俺は今のところはそれでもいいと思っていたし、律にも不満はなさそうだった。
恋人同士という関係に慣れるまでは、これまで通りでいこう、なんて勝手に思っていた。
期末テストも終わった。

中間の時と同じように順位が貼り出されたので、また皆で見に行った。


俺は三十位。
前回の二十四位からは順位を落としたが、三十位なら充分だった。

尚也は前回より順位を上げて二位、律は七位まで上がっていた。


俺は、周囲が混んでいるから場を詰めるフリをして、律にそっと近付き、一瞬だけ律の手に触れた。
テレパシーで、伝えたいことがあったから。



《あのさ、律。夏休み、どっかデート、しよ》

俺は掲示板に目を向けながら、律にテレパシーでそう伝えた。
直接目を見て誘っている訳じゃないのに、緊張してしまっていた。そもそも、直接誘うのは恥ずかしすぎて無理そうという理由で、テレパシーを使ったのだけれど。
世の中の、テレパシーを使えない普通のカップルは、こんな緊張をしながらデートに誘い合ってるのだろうか。凄いな。


すると。俺の視線は掲示板に向けているものの、隣で律がクスッと笑ったのがわかった。


ちら……視線だけ律に向けると、口元に右手を充て、やっぱり笑っていた。



《何で笑うのかな?》

《ごめんごめん。わざわざテレパシーで言ってくるから》

どうやら、直接誘うのが恥ずかしかったというのがバレている。恥ずかしい。穴があったら入りたい。
《んじゃあ、空いてる日とか、また連絡します》

頭をボリ、と掻きながらテレパシーを飛ばす。


《私、デートするなんてまだ言ってないけど》

《じゃあいいよ。一人で遊園地行くから》

《遊園地連れてってくれるの? わーい》

《俺、連れて行くなんてまだ言ってないけど》

《楽しみだなー》


律は俺の方を向いてにっこりと笑ってくれた。
付き合ってからも、やっぱり俺は、律のこの笑顔が大好きなんだ。


初めてのデート。今から感じてドキドキしてし始める。


ふと空を見上げれば、真っ青な空が広がっていている。


三日後には、夏休みが始まる。
夏休みに突入し、七月いっぱいは部活漬けの毎日を送っていたのだが、八月に入るとそれも落ち着いてきた。


今日は八月八日。
終業式の日に約束していた、律とのデートの日。
行き先は、予定通り遊園地。


「行ってきます」

玄関でさらっとそう言ってから靴を履いてると、背後から母親に「デート?」と聞かれる。


「う、うるさいな」

「え、ほんとにデートなの? えっ、達樹が?」

「あーもう! 行ってくるから!」

ついムキになりながら家を飛び出し、律との待ち合わせ場所である駅へ向かった。



律を待たせないように待ち合わせより早い時間に駅に着いたものの、律の方も十分も前に姿を見せた。

律の私服というと、ゴールデンウィークに神社に行った時のようなスポーティなイメージがあったけれど、今日は薄いピンクのワンピースに黄色いカーディガン。髪型も緩めに巻いてあり、いつもと雰囲気が違う……けれど、当然可愛い。
改札を抜けて、ホームで電車を待っている最中、手は握ってもいいのか、握るべきなのか、握ると嫌がられるのか、ずっと考えていた。

俺としては勿論握りたいけれど、律に嫌がられたら元も子もない。


……と真剣に思い悩んでいると、


《デートだもんね》

俺の方が急に手を握られ、それと同時に律がテレパシーで話し掛けてきた。

あまりに突然握られたから、ドキドキというのり単純に驚いている。
時々思うけど、律の方がたまに男前だ。


せめてヘタレと思われないように、俺は律の手をギュッと強く握り直した。
夏休み真っ最中の遊園地はやっぱり混んでいるが、乗り物にはそれなりに乗れた。
家族連れ、友人同士、カップル、組み合わせは当然様々。

律はジェットコースターが好きらしく、三種類も乗せられた。俺は絶叫系は得意ではない。でも、律の笑顔が見れるのはとても嬉しかった。



たまたま空いていたカフェで昼飯を済ませ、また遊んで、また休憩して。

楽しく過ごしていると時間が過ぎるのはあっという間で、もうすぐ五時半になるところだった。



「そろそろ帰るか」

ベンチから腰を上げ、そう言った。
閉園は八時だし、日も長いからまだ遊んでいたいけれど、帰りが遅くなると律の両親が心配するだろう。
今から帰れば、七時頃には家に着くはずだ。



《うん。そうだね》

そう答えるのに……律は何故かベンチから立ち上がろうとしない。


「律?」

どうした? 疲れた? と聞くと、律は首を横に振る。
そして。



《何か私、普通だなと思って》

口元を緩ませながら、ベンチに座ったままの律は自然と上目遣いで俺に視線を向ける。
《彼氏と遊園地デート。私、普通の高校生だなって》

「律が普通じゃないなんて思ってないよ。って、これ前にも言わなかったっけ?」

《そう思ってくれてることは分かってるよ。でも、普通じゃないのは事実だから。って、これも前に言わなかったっけ?》


きっと俺がいくら否定したって、律は自分のこ〝普通〟だとはなかなか言わないのかもしれない。

律は簡単に自分の意見を曲げないし、律にしか分からない葛藤もあるだろう。
だから、俺もそれについてはあえてそれ以上何も言わなかったけれど。


その代わりに。



「また来ようぜ。何度でも」


それは、俺がこの先もずっと律と一緒にいたいという勝手な願いでもあった。
だけど律はパァッとした笑顔で

「うん!」

と答えてくれたのだった。
その笑顔が見られるだけで、俺はどこまでも幸せな気持ちになる。




「さあ。今度こそほんとに帰ろうぜ」

そう言って立ち上がると、今度こそ律も一緒に腰を上げ、そして再び手を繋いだ。
退園ゲートを抜け、駅に向かって歩いていく。
勿論、手を繋いで。



《何か、テレパシーで話すのも違和感なくなってきたよね》


歩きながら、律がどこかおかしそうにそう言った。

確かに、初めてこの能力に気付いた時は、それはもうパニック状態になったっけ(俺が)。


あれからもう四ヶ月も経つのか。


「でも、結局このテレパシー能力については、何も分からないままだな」
《仕方ないわよ。そもそも原因なんかないかもしれないんだし》

「……でも俺、やっぱりふたつ祈りは関係してるんじゃないかと思うんだ」


特に根拠のない、俺の勘だけれど。
神主さんも〝あの言い伝えはデマ〟だと言っていたし、実際そうかもしれないけれど。

だけどやっぱり、あの神社で二人で願い事をした途端にテレパシーが使えるようになったなんて、話が出来すぎてる気がするんだ。

だって俺達の身に起こったこのテレパシー能力は、まさに言い伝え通りの〝奇跡〟なのだから。



……だけど律は、


《まあね。でもそれ以上探りようもないじゃない》

と、どこか冷めた対応。
おかしいな。もっと〝そうだよね! 諦めないで探ってみよう!〟みたいな、好奇心強めな律らしい熱い対応をくれるかと思っていたのに。



と、ちょうどその時だった。



「……おい」

俺達の背後から、低くてドスのきいた男の声が聞こえた。

振り向くと、その男は鋭い目付きで俺達のことを見ている……いや、睨んでいる?


二十代前半くらいと思われるその人は、背は俺より高く、金髪で、両耳にたくさんのピアス。
服装は黒のパーカーにグレーのスウェットという落ち着いた格好だったものの、明らかにあまり関わらない方がいい系統の人だと思った。


「は、はい?」

何で、そんな人が俺達に声を掛けてきたのだろうか?
何か気に障ったのか、それとも意味なんてなく絡んできたのか。
いずれにしろ、律に危害が及ばないようにしないと……!