「それで、今は田沢先生の所にいるんだ。なるほどな」
ひとまず、フーカを家に入ってすぐのダイニングキッチンに通した。ダイニングテーブルの椅子の上で、向かい合って座り、伊都の知らない、フーカの「その後」の話を聞いていた。
「これから、少しあと片付けというか、やらなきゃいけない事が結構あって……だからしばらくは舞子さんのお家に居候かな」
「そっか」
「何だか、ちょっと残念そうな顔ね」
「はっ? いやいや、そんなことないぞ。安心してる顔だから、これ」
フーカはクスクスと笑っている。
「クソっ……。大人の余裕見せやがって」
「あら、ようやく私のこと大人って認めてくれたのね」
「ま、まあなー」
とっくに認めていた。今までどれだけ、時々見せるフーカの大人の顔に胸が高鳴っていたことか。自分の気持ちを誤魔化すために、あえて彼女を子供扱いしていたのだ。
「何もかも終わって、本当に自由になれるのは、早くて一年後かな」
フーカはため息をつきながら、遠い目をして言った。闇研究者は、ひとまず消滅したが、この先また新たな困難が待ち受けているということなのだろう。
突然、ダイニングキッチンの入口から黄色い声が聞こえた。二人で一斉に振り向くと、そこには、風呂上がりの母がいた。
「あ、お母さん! お久しぶりです」
「久しぶりねー! 元気だった?」
「はい、おかげさまで!」
早速お互い、ハグをし合っている。そのあまりの速さに、伊都はただただ呆然と見ていた。
「ねぇ、フーカちゃん。またお家に来ない? すごく寂しがってるのよ、伊都が」
「母さん!」
「あら、本当のことでしょ。毎日毎日、フーカ、フーカって……」
聞かれていたようだ。顔から火がでそうになる。
「ありがとうございます。でも、これからやることが山積みで、しばらくはちょっと、難しそうで」
「そうなのね」
「そういえば、さっき言ってたな。一年後がどうのこうのって」
「うん……。多分、激動の一年になるから、しばらくは会いにも来られそうになくて……」
フーカは残念そうに下を向く。
「いいのよ。何年経ったって、私たちはフーカちゃんのこと待っているわ。いつでも帰ってきて」
「お母さん……。ありがとうございます」
フーカは、「そろそろ行かないと」と立ち上がった。そのまま三人で玄関まで行く。靴を履き、フーカはこちらに向き直った。
「今までお世話になりました」
フーカは深くお辞儀をした。
「……フーカ」
玄関から出て行こうとするフーカを、思わず伊都は呼び止めてしまった。扉を半開きにしたまま、フーカが振り返る。
まさか反応するとは思わなかったので、伊都はあわてて笑顔で、言葉を続ける。
「元気でな」
「………」
フーカは、申し訳なさそうな顔で、視線を下に逸らし、小さく「イト」と言った。
「私、帰ってくるから。必ず会いに来るから、だから」
「え?」
「だから、一年。待っていてくれる?」
伊都の目をしっかりと見て、フーカは言った。最初に出会った時と変わらない、綺麗で、吸い込まれそうな大きな瞳である。
願わくば、これから毎日、会いたかった。また、あの時のように一緒に暮らしたかった。
でも。
「一年、だな?」
「うん」
「分かった」
お互い笑顔でうなずいた。


そう、これは永遠の別れではない。また必ず会えるのだ。だから、悲しむ必要などない。
一年経っても、いや例え何年経っても、待ち続ける。
いつか会える、その日まで。