二人は急いで脱出の作戦をたてた。研究者に怪しまれぬよう、久美子が理恵の部屋に通いっ放しというのは止め、交互に部屋に通うことにした。チャンスは一度きり。失敗すれば、命の保証はない。
作戦をたて終え、いよいよ明日が決行という時に、理恵は久美子に「渡したいものがある」と部屋に呼んだ。
「これ、あげようと思って」
理恵から折られた一枚の紙を手渡された。
「『大丈夫』の歌詞の完成版。いつか渡そうと思って書いてたんだけど、遅くなっちゃった」
「くれるの……?」
「もちろん! まあ多分、持ってても邪魔だろうし、売ってお金にもならないけど。でもこれから、どうなるか分からないからさ、せめて形に遺しておこうと思って。私たちが一緒にいたっていう証」
理恵は頭をかきながらはにかんだ。
「……!」
確かに、この曲は二人が出会い、共に生きてきた証である。詩は理恵が書き、題名は久美子が考えた。たったそれだけの事かもしれないが、これがなかったら、もしかするとここまでの絆は生まれていなかったかもしれない。
久美子がどきどきしながら、中を開いて見ようとすると、「あ、今見ないで〜」と理恵がそれを制した。
「なんか恥ずかしいからさ……。そうだ、脱出成功したら、とかにしない?」
「えー?」
「お願い!」
「うん、分かったよ」
二人で笑い合った。
「ありがとう、理恵。……大切にするね。ずっと、ずっと」
久美子は、紙をお気に入りの青いパーカーのポケットに入れた。これがあれば大丈夫だ。きっと、脱出は成功する。

決行当日。研究者たちが寝静まったであろう夜に、二人はこっそり部屋を出た。窓から差し込む月明かりを頼りに、進んで行く。
脱出経路は、以前理恵が実験のため連れていかれた際に、通った裏道を使うことにしていた。理恵によれば、そこは遺体を回収するトラックが出入りしている車庫に繋がっているらしい。その車庫のシャッターは、夜のみ開いているのだそうだ。世間にバレないよう夜に回収しに来ているのだろう。
つまり、シャッターの開いた車庫から逃げようというのが、二人のたてた作戦であった。
裏道は明かりが一つもなく、手探りで進んでいかねばならなかった。だが、幸いにも一本道であったので、迷うことなく進んでいけた。
やがて、車庫につく。車庫も真っ暗であったが、出口の方から月明かりが差し込んでいた。理恵の言った通り、シャッターは開いていたのだ。二人は顔を見て頷き、静かに出口の方へと歩いていった。
刹那、ぱっと明かりがつき、目の前が真っ白になった。明るさに目が慣れたと同時に、背後から声が聞こえてきた。
「居たぞ! シャッターを閉めろ! 絶対に逃がすな!」
見つかった。ここまで来たら走るだけである。二人は、猛スピードで走り出した。しかし、出口まではかなり距離があり、シャッターはみるみる閉まっていく。
もう間に合わない! 久美子がそう思った時、後ろから背中を押された。久美子の体はその勢いで閉まる寸前のシャッターの隙間から、外に出た。その瞬間、後ろでシャッターが閉まる音がした。

「え……?」

何が起こったかわからず、呆然としていたのも束の間。隣に理恵がいないことに気づき、状況を理解した。
「理恵!!」
素早く後ろを向き、シャッターの向こうに呼びかけた。だが、聞こえてきたのは銃声だった。理恵の苦しむ声が聞こえる。そんなことはお構いなく、何度も何度も理恵を撃つ音がする。
「やめて! やめてよ!!」
シャッターを叩き、叫び続けた。銃声は鳴り止まない。やがて、理恵の声も聞こえなくなる。同時に、銃声も鳴りやんだ。
「……り、え………?」
殺された。理恵が、ころされた。
そういうことだと分かってはいたが、頭の中を整理できず、久美子はその場から動けなかった。
「理恵………理恵、理恵! 返事をしてよ、理恵!!」
一緒に生きるって言ったのに。
一緒に幸せになろうって、約束したのに。
「どうして……どうして……!!」
数多の思いが溢れ出て、思い切り泣き崩れた。しかし、シャッターの向こうから、
「外にもう一人いるはずだ! シャッターを開けろ!」
という声が聞こえてきた。
久美子はあわてて立ち上がり、ふらつきながらも体制を整え、走り出した。
まだ悲しみに打ちひしがれていたかった。
まだ理恵のそばにいたかった。
まだ、泣いていたかった。
それでも久美子は走った。足を止めれば殺される。それだけは、何としてでも避けなければいけない。だから、走った。生きるために、走った。