環くんはもう一度謝ってから、元いたところに戻っていった。最後まで焦った様子を取り繕うことはなく、他人行儀ではないわたしの知る環くんだった。



「莉子、肩痛む?保健室行く?ついて行こうか?」


「依世ちゃん、落ち着いて!このとおり、なんともないよ」



不安げな依世ちゃんを安心させようと、左肩をぐるぐる回す。

肩は腕とは違ってちゃんと痛覚があるけれど、それでも右肩よりは感覚が薄く、痛みもすぐ消えた。



「ねっ?ちっとも痛そうじゃないでしょ?」


「本当に?」


「本当の本当だって!痛かったらちゃんと言ってるよ」


「そう……だよね。守ってくれてありがとう。ガラスのときと今回で、二回目だね。本当にありがとう」


「どういたしまして。依世ちゃんこそ、怪我はない?」


「莉子のおかげで、どこも怪我してないよ」


「そっか、よかった」



ふと周囲の目が気になり、おずおずと周りを見渡す。


ガラスが割れた日の野次馬のようだったら……。

そんなネガティブな憶測を、覆された。


周りの女子のほとんどが、白い目ではなく、思いやりにあふれた目でわたしをチラチラ窺っていた。予想外のことに、状況についていけない。



「あの、や、矢崎さん」



クラスの女子が一人、わたしの名前を呼んだ。

初めて話す子だ。



「肩、大丈夫?」



その子に続くように、一人また一人、わたしのそばに寄ってきた。話し方はややぎこちなくて、クラスメイトとしても遠いものだった。微妙な距離感だ。


無理してるんだろうな。

でも、ためらいながらも声をかけてくれたことが、心底嬉しかった。勇気を出してくれたんだよね。



「うん、大丈夫。ありがとう」



心からの笑顔だった。長い前髪の物理的な壁も、勝手に閉じこもっていた心理的な壁も、今はもう無い。壁がないだけで、わたしだけじゃなく、周りの表情も変わる。


クラスの女子たちは顔を見合わせて、一斉に口を開いた。



「今までごめんね!」



何を謝っているのか、すぐに気づいた。



「謝る機会をずっと探してたんだけど、勇気がなくて……」


「今更だって思うかもしれないけど、噂ばかりに気を取られて、矢崎さん自身を見てなかったことを反省したの」


「ひどいことして、本当に、本当にごめんなさい」



頭を深々と下げるクラスの女子に、わたしはあわあわと戸惑いながら顔を上げるよう伝える。


依世ちゃんのほうをチラリと一瞥してみれば、依世ちゃんは自分のことに喜んでいた。