用はすんだし、昼休みももうすぐ終わるから、教室に戻らないと。授業に遅れちゃまずい。
琴平先生に一礼して、保健室をあとにしようとしたら。
「矢崎さん」
「はい?」
なぜか、琴平先生に名前を呼ばれた。
琴平先生も、わたしに何か頼みごとがあるのかな。
「皆瀬に、何かきついこと言われた?」
思いがけない質問に、心臓がドキリと露骨に反応をする。
真剣味を帯びた琴平先生の眼差しに、つい口ごもってしまう。何て返すのが正解なんだろう。
「えっと……」
「言われたんだね」
「……は、はい」
どうしてわかったんだろう。
さっきの話、琴平先生に盗み聞きされてたとか?それともエスパー?
「どうか、皆瀬のことを嫌わないでやってね」
「き、嫌いません!」
思わず食い気味で応えていた。
琴平先生にお願いされなくても、環くんが今までくれた優しさをなかったことにはできない。
たとえ環くんに嫌われても、いいよ。何を言われても、どれだけ傷つくことになっても、この「好き」を「嫌い」に塗り替えられない。
それくらい、強く、熱く、溺れてる。
「絶対に、嫌いになんかなれません」
「そっか、ならよかった」
消え入りそうな口調でもう一度繰り返すと、琴平先生はまつ毛を伏せて安堵をこぼした。
だからこそ、余計に、辛いんだ。
距離を置かれたって、想いは募る一方で。
とめどなくあふれる想いの塞ぎ方を、知らなくて。
この愛おしさを、壊すこともできない。
わたしと環くんの関係は、まるで糸のよう。
細くて、切れやすい、ほつれた糸。
結び目のほどけた糸は、二つに分かたれてしまう。
また結び直すことは、簡単じゃない。