もしも、わたしが環くんを好きにならなければ、環くんとずっと仲良く話せていたのだろうか。
……想像しても、意味ないか。
「もしも」なんか、存在しない。そんなもの、去年のクリスマスイブから、わかってる。誰よりもわかっていた。
わたしは、環くんが好きなんだ。
この気持ちを、今更忘れられっこない。好きにならなければよかったなんて、思わない。思いたくない。
「好き」を知らなかったわたしには、もう、戻りたくないから。
「好きでいることも、ダメ……かな?」
友達からやり直すことすらできないのなら、この恋に焦がれ続けていたい。
環くんのことを、陰ながらで構わないから。
「それも、迷惑?」
環くんが顔だけ少し、わたしのほうに向かせる。大人びた綺麗な横顔が、すぐ横にあった。
「泣かせたくないから、ダメ」
意味深に優しく返され、言葉に詰まる。
環くんは、朝と同じ表情をしていた。
泣かせたくないって言う環くんのほうが、今にも泣き出しそうに見える。これを単なる気のせいだなんて、片づけられない。
わたしが、環くんにそんな表情をさせているのだろうか。
「それってどういう意味?」
「保健室の前で何やってるの、二人とも」
聞き返したわたしと同タイミングで、琴平先生が購買から戻ってきた。琴平先生の手には、小さな袋がある。中にはおそらく昼食が入っているのだろう。
言い訳につっかえるわたしを横目に、環くんは保健室前から去っていった。
「あ……」
伸ばしかけた腕は、すぐに静止する。行き場を失くした手は、下ろすほかなかった。
言葉の意味を聞きそこねてしまった。どういう意味だったんだろう。
拳を握りしめようとして、冬木先生に頼まれた紙を一枚持っていたことを思い出した。
「あっ、あの、琴平先生」
「ん?」
「これ、渡すよう頼まれたので持ってきました」
「あー、ありがとう、矢崎さん」
琴平先生に紙を手渡す。本来の任務、完了だ。