わたしは、ノートとプリントと一枚の紙を持って、職員室をあとにした。


お、重たい……。結構な量があるな。腕が引きちぎれちゃいそう。

荷物の重量に屈しずに、教室へと移動する。日直の仕事は大変だ。


疲れながらも、教室に着いた。のろのろ歩いていたせいで大分時間を費やしてしまったけれど。


ノートとプリントを配り終えても、仕事は終わりではない。また教室を出て、階段を下りていった。

次は、保健室を目指す。



保健室の前で立ち止まる。トントン、と二回ノックをして、扉を開けた。


「失礼し……」


語尾が、しぼんでいく。



保健室で一人。
窓枠に肘を付きながら、雨のせいで霞んで見える桜の木をぼんやり展望している、環くんの横顔に魅了されて。



そういえば、午前の最後の授業から、教室に環くんの姿はなかった。保健室は、環くんのお気に入りのサボり場所なのかもしれない。


紙を持つ手に力がこもり、くしゃ、としわを作ってしまう。慌てて指先の力を抜いた。



八年前のあの日を、想起する。

あの日と、同じだ。


環くんは泣いてないのに。泣いてなんかいないのに。

助けて、と。
泣きながら救いを乞いてるようで、それでいて全てをあきらめているようにも見えた。



目をこすってみても、やっぱり切なそうで。

あの不思議な雰囲気は消えるどころか、環くんの内側まで包み込んでいた。そのまま喉に手をかけそうで、わたしの愚かな妄想だとしても恐ろしくてたまらなかった。



環くんを、連れて行かないで。



「環くん!」



環くんが、こちらを見やる。


何に苦しんでるの?

どうしたら助けられる?

何をどうすれば、環くんに近づける?



「だ、大丈夫?」



疑問の答えはどこにも見当たらず、曖昧な聞き方になってしまった。