や、やってしまった。
重要な第一声を、盛大に噛み倒しちゃった!「た」が無駄に多いよ!たたたた環くんって誰だよ!
環くんの瞳に、わたしが映される。
キョトンとしてる様子で、やっぱりわたしが噛みすぎて呆れてるんだと想像すると、変に狼狽してしまう。
それでも決めたんだ。
今日は逃げないで、自分から挨拶するって。
ついさっき、決めたんだ!
口をめいっぱい大きく開き、じめじめした空気ごと飲み込んだ。
「お、おはっ、おはよう!!」
また噛んでしまった。
なんでわたしは、こうも大切なシーンでキメられないんだろう。格好つかないなあ。
うなだれかけたわたしに、
「おはよう、莉子ちゃん」
今までどおり、環くんは挨拶を返してくれた。
びっくりしたと同時に、ほっと安心した。嬉しさに駆られるがまま顔を上げる。
息を呑んだ。
困ったように、憂いているように。
やるせなく微笑む環くんが、視覚を支配した。
心臓の奥の、さらに奥のほうまで、えぐられる。深い穴を掘るだけ掘り散らかして、埋めていってはくれない。
なんだろう、この感覚。
今までどおり、だよね?
そのはず……なのに。
うまく形容できない違和感を感じるのは、なぜ?
どしゃ降りの雨のせい?
「莉子、おっはよ」
肩をポンと軽く叩かれて、正気に戻った。ヒュッ、と喉を風が通る。そこで呼吸していなかったことに気づき、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。
振り向くと、雨天でも関係なく晴れやかな依世ちゃんがいた。
「おはよう、依世ちゃん」
「皆瀬くんもおはよー!」
「おはよ」
環くんは挨拶を返すやいなや、背を向けてこの場を離れていった。
環くんの背中が遠ざかっていく。見えなくなるまで、ずっと目で追い続けた。声はかけられなかった。引き留めたとしても、おそらく何も言葉は浮かんでこなかっただろう。