さっき環くんへの恋心を自覚したこともあって、パニック状態。思考回路はショートしかけていて、適当な世間話すら思い浮かばない。
頭の中が真っ白だ。平静を装うことすらできない。
「ここで会うなんて奇遇だね。どうしたの?」
「え?あ、えっと……依世ちゃんの家に行ってて、それで、今その帰りなんだ」
質問にたどたどしく返すので精一杯。その返答も、内心どぎまぎしているから、ちゃんと答えになっているかもぶっちゃけ不安だ。
「そっか、それで前髪が短くなってたんだ」
「う、うん」
「似合ってるよ、その前髪」
不意打ちで褒められ、何も言えなくなる。元から出かけていた言葉など無いにも等しかったけれど。
短い前髪じゃ、赤面してることがバレバレだ。今たぶん、わたし、変な顔になってる。
ずるいよ、環くん。
地面に、影が伸びる。その影では、赤面してるかどうかはわからないから、今だけ影と同化してしまいたい。
冷たい空気が赤い頬をついばむたび、落ち着きを取り戻していった。
「……莉子ちゃん、変わったね」
環くんの淡い呟きはすぐに沈んで、パチンと割れた。いつしか止んでいた風を追いかけるように、たゆたうことなく、鼓膜にも残らない。
え?
聞き返したはずのわたしの声は、“声”になっていなかった。
静かに、お互いを見つめ合う。
何の音も、色も、感じない。
環くんしか、映らない。
時間が止まった気さえした。
ねぇ、環くん、どうして。
どうして、そんな、今にも泣き出しそうな表情をしてるの?
そんな表情しないで。
独りで苦しまないで。
あの桜のように、儚く散ってしまわないで。