環くんと出会って、まだ間もないけれど。


わたしにとって、環くんは、唯一無二の特別な存在。



わたしを救ってくれた、恩人。

誰よりも大切な人。
誰よりも大切にしたい人。



――好き。


水たまりに水滴が一粒滴り落ちたように、たった二文字の想いが心のひだまりにあふれた。たちまち想いは水たまりいっぱいに広がって、もう後には戻れない。気づいてしまったなら、もう、なかったことにはできない。


きっと、環くんに“あのときの少年”の面影を追いかけていたときから、この恋は始まっていた。



依世ちゃんは、わたしの表情を鏡越しに一瞥すると、柔らかく目を細めた。



「自覚したみたいだね」


「……うん」



今、はっきりわかった。


好きだ。

環くんのことが、好きなんだ。


自覚した途端、心臓がドキドキうるさくなる。鐘の音は遅くなるどころか、どんどん早くなっていく。鳴り止むことを知らない。


脈打つたびに、耳裏、耳たぶ、頬の順に熱くなっていく。最初は薄かった赤みは少しずつ濃くなっていく。



「でも意外だったなぁ」


「意外?何が?」


「さっき下駄箱で、皆瀬くんが莉子のこと名前で呼んでたでしょ?」


「うん」


「皆瀬くんは男女例外なくみんな苗字で呼んでたからさ、ちょっと驚いちゃった」



そういえば、そうかもしれない。

環くんが誰かを名前やあだ名で呼んでるところを一度も見たことない。単独行動が多いから、特別仲のいい友達もいないようだし。いない、というより、わざと作っていないように感じるのはなぜだろう。これもまた考えすぎなのかな。



「それに、皆瀬くんって、なんていうか……誰にでも優しいけど、それだけっていうか」



神妙な面持ちでそこまで言うと、依世ちゃんは「あっ」と手を止めた。



「わ、悪口じゃないからね!」

「うん、わかってるよ」


わたしは温和に頷く。