前髪を切っただけ。たったそれだけのことなのに、新しい自分に生まれ変わった気持ちになる。
まるで、長い前髪が呪いをかけていたかのように。
目の前の鏡に映るわたしは、今までの古びた殻からようやく脱皮できたような、真新しい自分。かつてのどのわたしとも違う。
「ところで、話は変わるけど」
「ん?」
眉の上まで短くなったわたしの前髪を、依世ちゃんは繊細な手つきで整えていく。
ハサミが前髪を離れて、代わりにくしが通り抜けた。凝視しすぎていた両眼を、慌ててぎゅっと閉ざす。
「莉子って、皆瀬くんのことが好きだったんだね」
「っ!!??」
びっくりしすぎて、危うく椅子から転げ落ちそうになった。閉じたばかりの目ん玉は、これでもかってくらい見開かれてまん丸になる。
今ハサミを使ってなくて助かった……。
「ちょ、だ、大丈夫?」
「う、うん……」
動揺を必死に隠しながら、椅子に座り直す。
まさか話題が恋バナになるとは思いもしなかった。話が変わりすぎだよ。しかも話題が話題だし。心臓が飛び出るかと思った。
とりあえず落ち着け、わたし!
「あの、た、たぶん違うよ?だって、環くんとはつい最近話すようになったばっかりだし、それに……」
それに。
初恋を思い出して、浸ってるだけかもしれないし。
否定しておきながら、好きなんじゃないかと想ってる自分もいる。
だけど、自信がないんだ。
環くんに惹かれているのか、“あのときの少年”と重ねているだけで、恋に恋をしているのか。
自分じゃわからなくて、答えを出せずにいる。
「時間は関係ないよ」
「え?」
「長くても短くても、たった一瞬でも、一回『好き』だと思ったら、それはもう恋なんじゃない?」
一回「好き」と思ったら。想えたら。
それはもう、恋、か。
瞼の裏に過る、環くんの穏やかな笑顔。儚く消えてしまいそうな、笑顔。
胸の奥には、環くんから受け取った言の葉が桜の花びらと共に舞っている。枯れることなく、褪せることなく、温もりを帯びたままずっと。