やはり、わたしの左手では、依世ちゃんの体温を感じ取れない。継ぎ接ぎの皮膚にかかる圧だけわかっても、温もりも熱も永遠に受け取れない。
けれど、依世ちゃんの鮮烈な覚悟は、伝わってきた。揺るぎないその覚悟はきっと、手のひらの体温よりもずっと熱く、勇ましいのだろう。
依世ちゃんは、すぅ、と息を吸うと、
「お母さんもお父さんも、お客さんたちも!」
吸ったばかりの酸素を吐き散らすように、お腹から声を張り上げた。
美容院全体に轟いたその一声は、かすかに扉の鈴を鳴らす。カラン。まるで返事をしているみたいな音。
「あたしの友達を侮辱するのはやめてよね!!」
どうしようもなく、心が震えて。
泣きたくなった。慌てて涙腺を引き締めるが、気を抜いたらすぐにでも緩んでしまいそう。
わたしのことを想って、全力で怒ってくれる人がいる。
離れていく手を握って、引き止めてくれる人がいる。
そのことを改めて教えてくれたのは、わたしにはもったいないくらい素敵な友達。依世ちゃんがわたしに改めて、気づかせてくれた。
すぐに、わたしに向けられていた視線や話し声が、しんと静まった。
依世ちゃんの真っ直ぐな影響力が、かき消してくれたんだ。
「依世ちゃん、ありがとう」
紡いだ感謝がひどく涙ぐんでいて、依世ちゃんはニッと微笑んだ。
泣きそうなわたしの背中をポンポンと優しくさすりながら、空いてる席に案内した。
慣れた感じでシャンプーもしてくれた。髪を一本一本撫でるように洗ってくれている間に、涙は瞼の裏側に戻っていった。
濡れた髪を、ドライヤーで乾かし始める。
なんだかこれだけでもうさっぱりしちゃった。
「依世ちゃん、本当に器用だね」
「いやいや、まだシャンプーしただけだよ?」
「でも、すごく丁寧で気持ちよかったから、依世ちゃんはきめ細かくて器用だなって思ったの」
素直に思ったことをそのまま口にした。言葉にしないとダメだって思った。
依世ちゃんは照れたのか、少し遅れて「ありがと」と呟いた。さっきと打って変わって小さな声に、口の端が少しほぐれた。