依世ちゃんが美容院の扉を開ける。キィ、と甲高い音が軋んだ。


カランコロン。扉に付いていた鈴が軽やかに響く。その音さえもおしゃれだと感じさせる。



「ただいまー」



依世ちゃんの声に、店内にいた人たちがみんな一斉にこちらを向く。

タイミングが良かったのか、お客さんは二人しかいなかった。混んでなくてよかった。


依世ちゃんはさっきああ言ってくれたけど、やっぱり優先してもらったら、先に来ていたお客さんに悪い。わたしは別に後ででもいいし、待つのも辛くはない。だから、ほっとした。



心の中で安堵の息を吐く。


不意に、店内にいる人の視線が、突き刺さった。



「ねぇ、あの子って……」

「あの噂の?」



……あぁ、そうだった。

安堵が、しぼんでいく。代わりに自嘲がふつふつと沸き上がってきて、思わず自分自身を嘲笑いたくなった。


依世ちゃんの家だからといって、わたしの噂が流れていないはずがない。学校だけでなく、町内の人みんなに良く思われていないことなんか痛いくらい知っていたはずなのに、どうして安堵できただろう。



来ちゃ、まずかったかな。


わたしがここにいたら、お店に迷惑がかかるんじゃないの?


わたしが来たことで、お客さんが来なくなったらどうしよう。



ネガティブ思考が、止まらない。



帰ったほうが、いいかもしれない。

依世ちゃんを学校だけでなく、家でまで苦しませたくない。



「依世ちゃん、わたし帰……」



帰るね。そう言い終えることも許さずに、依世ちゃんの右手がわたしの左手を掴んだ。力強い感覚に、息を呑む。



「帰らないで。まだ、前髪切ってないでしょ?」


「……い、よちゃん」



依世ちゃんの瞳は、ブレることなく、強く輝いていた。

夜空に瞬く一番星とは違う。この輝きは、夜空の下で足元を照らしてくれる、街灯の温かな光に似ている。



依世ちゃんがかっこよく映って、気づく。


もしかしたら、わたしは、未だに不透明な頑張り方を間違えてしまったのかもしれない。