「もしよければ、あたしが切ろうか?」
「え?」
元の調子に戻った依世ちゃんが、明るく提案した。
依世ちゃんが切ってくれるの?ていうか、切れるの!?
「あたしの家、この町で唯一の美容院をやってるの」
「へえ、そうなんだ!」
「親の影響で、あたしも美容師を目指してるんだ。実力は親のお墨付きだよ」
ブイサインをして自慢げに口角を上げる依世ちゃんに、「すごいね!」と拍手する。
依世ちゃんって、手先が器用なんだ。
わたしは、裁縫もまともにできないくらい不器用だから、うらやましい。
「で、どうする?今なら友達サービスで、タダでカットしちゃうよ」
さっきのブイサインの際に立てられた人差し指と中指が、チョキチョキ、横に動く。一瞬蟹を連想したけれど、違う違う、あれはハサミだ。
その仕草に、表情がほころんだ。
「お願いしようかな」
「了解しました!」
自分で切ったら、大変なことになりそうだし。
それに何より、依世ちゃんが『切ろうか?』って言ってくれたことが、本当に嬉しかった。こんなことでも頼っていいんだね。友達って、すごい。
「今日の放課後、空いてる?」
「うんっ」
「じゃあ、今日一緒に帰ろうよ!あたしの家に案内してあげる」
こっちに引っ越してきて、初めて友達と帰る約束をした。
何気ない約束。何の変哲もない、他愛ない約束。けれどわたしにとっては、夕方の茜空が綺麗だとか、流れ星に三回お願いするだとかよりも、ずっと胸に沁みる約束。
依世ちゃんは、気づいてないんだろうな。
わたしが一緒に帰る約束にどれだけ喜んでいるのか。
どれだけ、依世ちゃんに感謝しているのか。
「ありがとう、依世ちゃん」
どこにでもあるようで、本当は奇跡のような、この幸せをずっと大切にしていきたい。
依世ちゃんと、笑って過ごしながら。