むしろわたしからお願いしたいくらいだ。



「わたしも思ってたんだ。咲間さんのこと、名前で呼びたいなって」



だから、咲間さんも同じことを思ってくれていて、びっくりした。


咲間さんは照れくさそうに、ふにゃりと目尻を下げた。



「これからは矢崎さんのこと、『莉子』って呼ぶね」


「うん。わたしも『依世ちゃん』って呼ぶ」


「『ちゃん』はいらないよー」


「じゃ、じゃあ……い、依世…………ちゃん」



女子同士でも呼び捨てするのに慣れてなくて、最後に『ちゃん』を付けてしまった。

ハッ!もしやこれも逃げ!?



「あははっ。可愛いから許す」



可愛い?

今のどこに可愛さが!?

これっぽっちも可愛くないよ!



必死に否定しても、依世ちゃんに笑って流された。ひどい。こっちは真剣なのに。


……まあ、依世ちゃんが楽しそうだから、いっか。



何気ない時間が心地よくて、わたしは依世ちゃんと笑い合った。友達の笑いにつられて笑ってしまうのなんて、久し振り。今まではよくあることだったのに。

笑い方すら忘れてしまいそうだったけれど、わたし、今笑えてる。今、楽しくて楽しくて仕方がない。



環くんのときもそうだったけど、名前呼したりされたりすると、距離が急激に縮まったみたいで、くすぐったくなる。胸の内側にふわふわした優しいものが、跳んだり走ったりしてるみたい。


依世ちゃんと友達になれてよかったな。



ひとしきり笑ったあと。
依世ちゃんは、再び口を開いた。



「実は、もう一つ思ってたことがあるんだ。聞いてもいい?」


「うん、なに?」



わたしは笑顔で頷いた。

今度はなんだろう。


依世ちゃんの眉の位置より短い前髪が、軽く揺れる。形のいい眉が、ほんの少しだけ下がった。



「その前髪、邪魔に感じたりしない?」



またしても想定していなかった問いかけだった。驚きと戸惑いで、ピクリと肩が上がる。


以前、おばあちゃんにも同じことを聞かれたことがあった。

あのときは、邪魔じゃないとウソついたんだっけ。