こうやって教室で挨拶を交わして、笑って過ごしていることが幸せだということに、雪崩に遭う前は気づかなかった。
ここに来て、失くしたものも多いけれど、かけがえのないものもできた。
あぁ、やっと。
天国のお母さんとお父さんに言える。
二人の分まで生きるよ、って。
朝のホームルーム後。
一時間目は移動教室のため、咲間さんと廊下を歩いていた。
「あのさ、あたし、矢崎さんのこと名前で……」
「あっ!」
「……どうしたの?」
突然声を上げたわたしに、咲間さんは話を途中でやめて首をかしげる。
腕の中の物を三度確認したが、やっぱりない。
「筆箱がない……」
腕の中には教科書しかなく、うっかり筆箱を忘れてしまったらしい。
急がないと、授業が始まってしまう。遅刻は厳禁だ。
「筆箱取りに戻るね」
「移動教室の場所、わかる?あたしも一緒に行こうか?」
「場所は覚えてるから平気だよ。先に行ってて」
わたしは咲間さんの優しさだけ受け取って、教室へ走っていった。
早くしないと!
焦りながら教室に入ろうとしたら、入り口付近で誰かとぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ」
「悪い……って、莉子ちゃん?」
声につられて目線を少し上にずらす。色素の薄い髪の毛が、視界に入り込んだ。
ぶつかった相手は、環くんだった。
「何してんの?授業始まるよ?」
「筆箱、忘れちゃって」
苦笑しつつ、わたしの席に置いてあった筆箱を手に取る。