『泣いてもいいんだよ』

『バケモノなんかじゃない』

『矢崎さんは、矢崎さんだよ』



あのとき、君がどんな気持ちでそう慰めてくれたのか、わたしはなんにもわかっていなかった。


その言葉の意味も、君のことも。









翌日。


今日は目が覚めたときから、清々しい気分だった。

目覚ましが鳴る前に起きられたのも、ダサい制服がちょっとはマシに思えたのも、朝から機嫌がいいのも、全部こっちに引っ越してからは初めてだ。




「いいことでもあったのかい?」



朝食を食べていると、おばあちゃんが微笑ましそうに尋ねた。

にやけながら「うん」と首を縦に振る。



「よかったねぇ」



もう一度、さっきより元気よく頷いた。



あのね。

わたし、友達ができたの。



昨日は、まるで夢でも見てたんじゃないかってくらい、いいことがたくさんあった。嫌なことの数と比べたら全然少ないけれど、質でいったら完全にいいことのほうが上!


環くんと咲間さんのおかげで、恐怖心が少ししぼんだ気がする。




朝食をペロリと平らげ、学校へ向かう。

恐怖心の代わりに胃袋が大きくなったのかもしれない。



昨日いいことがあったってお構いなしに、外に出ればいつもどおり白い目がつきまとう。



噂は完全になくなりはしない。


周りの視線が気にならなくなったわけでもない。


他の人にとって、今日は、昨日までと同じ日常だろう。



でも、わたしの今日は、昨日とは大きく変わっている。まるで、薄暗かった洞窟の奥にようやっと、ひとつの明かりが点いたように。




学校に着いて、教室に入る。

静まり返ったが、悪意を含んだヒソヒソ話は聞こえてこない。



「おはよっ、矢崎さん!」



咲間さんがわざわざわたしの席まで来て、挨拶してくれた。


よかった、夢じゃなかった。



「おはよう、咲間さん」