昼休みになったから、廊下も賑やかになってきた。


すれ違う生徒に鋭い眼差しを浴びせられても、前を向くのをやめなかった。騒々しくとも自分の足音をすくいながら、廊下を歩いていく。



教室の前までやって来た。室内からはガヤガヤとした物音や談笑が聞こえる。

動機が激しくなっていく。


……あとは、扉を開けるだけ。



取っ手部分に、そうっと手を伸ばす。



「まさかあの噂が本当だったとはな」


「だから言ったろ?矢崎が転校してきた前日に、職員室で腕のこと盗み聞いたんだって」



クラスの男子の声にビビって、またしても動きを止めてしまった。あと数センチというところで、手がピタリと静止する。この数センチが、埋まらない。


そっか。そうだったんだ。
先生に打ち明けたとき、クラスメイトに秘密を聞かれてたから、噂が出回ったんだ。


男子たちに続いて、女子たちもわたしの話題を話し始める。



「やっぱ今日も矢崎さん来なかったね」


「もう来ないんじゃない?」


「来なくていいじゃん」


「クラスにバケモノがいるとか、怖いもん」



ここで何もせずに逃げたら、今までと同じだ。そんなの嫌だ。


逃げても幸せが舞い込まないことは、身をもって学んだ。弱い自分からは卒業したい。



怖さを捨てられなくても、扉は開けられる。


俯くな。
負けるな。

頑張るんでしょ、わたし!



生唾を飲み込む。


勇気を振り絞って、扉に手をかけた。



瞬間。


――バンッ!!


机を思い切り強く叩く音が教室から轟いて、扉を開けるタイミングを逃してしまった。



「みんな、もうやめなよ!!」



今の音にも劣らない大声が、廊下にまで響く。


この声は、もしかして咲間さん……?



「バケモノとか悪口言って盛り上がって、すっごくかっこ悪いよ!」


「な、なんだよ突然」


「矢崎さんは傷を負ってまであたしを守ってくれた、優しい人だよ!」



皆瀬くんだけじゃなかった。


“わたし”のことを見てくれていた人は、ここにもいた。