まるで、悪夢。

現実で巻き起こった、地獄。



クリスマスイブの事故の回想を振り払い、不安がりながら皆瀬くんの右手を握る左手に力を込めた。


皆瀬くんの手のひらの温もりがわからないのが、ひどく歯がゆい。



「……苦しかった」



涙は、まだ、頬を濡らす。



「バケモノだって噂されることも、普通じゃない自分も、全部全部苦しくてたまらなかった」



どうやったら、この苦しさから逃れられるのか、知りたかった。

どこを探しても、耐える術しか見つけられなくて。


独りで、背負い込んでいた。



「バケモノなんかじゃない」


「皆瀬くん……っ」


「左腕が普通とは違っていても、左手に熱が伝わることはなくても」



皆瀬くんが両方の手のひらで、わたしの左手をくるんだ。


左手の震えを止めようとしてくれているみたいに、強く、優しく。



「矢崎さんは、矢崎さんだよ」



ねぇ、どうして。

いつもほしい言葉を、贈ってくれるの?


どうして、どんなわたしでも受け止めて、わたし自身よりも先に受け入れてくれるの?



「っ、ありがとう」



涙が止まらない。

だけどいいんだ。


これはうれし涙だから。



そよ風に乗せて、桜の木が踊る。

散ってしまった桜の花びらが、公園を鮮やかに彩った。


一緒に仰いだ桜色の景色の中に、ところどころ日差しが差し込み、ひだまりが作られていた。


上を見ても、下を見ても、どっちも桜だ。

全部、綺麗だ。



こっそり横目で、皆瀬くんを盗み見る。



ふわり、と皆瀬くんの色素の薄い髪がなびく。


桜を見守るその凛とした横顔に、胸の奥を掴まれたような切ない気持ちになる。



八年前、幼いながらに初めての恋に落ちた、あのときと同じ気持ち。



自然と、もう一回伝えたいと思った。



「皆瀬くん」


「ん?」



ここに連れて来てくれて、話を聞いてくれて、“わたし”のことをちゃんと見てくれて。


「本当にありがとう」