十分ほど経ったころ。
「矢崎さん。矢崎莉子さん」
名前を呼ばれて、指示された診察室に入室する。消毒液の匂いが、鼻の奥をツンと刺激した。
中には、わたしの担当医である葉上(ハガミ)先生がいた。
「莉子ちゃん、久しぶり」
「お久しぶりです」
わたしは一礼してから、葉上先生の前にある椅子に座った。
葉上先生は、病院内で人気のあるイケメン先生。黒髪がよく似合っていて、真っ白な白衣を着ているとより際立つ。
ちなみに四十歳、独身。
と、初めて会ったとき言っていたのを覚えてる。
「定期検診、来週じゃなかったか?」
「そうなんですけど、昼休みに怪我しちゃいまして」
「怪我?」
目を泳がせながら、左腕の傷をずっと隠していた手を離した。
葉上先生は「触るよ」と一言告げて、左腕の傷の具合を調べた。
「結構深くまで傷ついてるな。何があったんだ?」
「実は……」
昼休みに起こったことを簡潔に説明した。
野次馬のことは伏せて。そこまで詳しく話す必要もない。野次馬や噂の件は、わたし自身の問題なんだから。
話し終えると、葉上先生に苦笑された。
「そりゃ大変だったな」
「……はい」
「その頬の傷も、そのときに?」
わたしも苦笑いをして、頭を縦に振った。
もし、ガラスの破片が刺さったのが、右腕だったらどうなっていたんだろう。
鮮血が穴の開いた皮膚から滲み出て、どうしようもない激痛に苦しんで。
周りは白い目で見ることなく、わたしを心配してくれたんだろうか。
それとも、同じ結末だったんだろうか。