桜の花びらがひらりひらりと風にそよがれていく。


こちらの世界側に運ばれてきたその花びらを、無意識に視線で追いかける。


足元に落ちたかと思えば、わたしのではない視線を感じて顔を上げた。



「あ……」



少年と、目が合った。

たった一音しかこぼれないくらい、心臓が高鳴る。



身も心もあどけないわたしに、少年は柔らかく目を細めた。


とても優しそうに微笑んでいても、やっぱり泣いているように見えてしまう。


おかしいな。
目が悪くなっちゃったのかな。


慌てて両目をこすってみても、それは変わらなかった。




鼓動に紛れて、渇いた地面を歩く空っぽな音が耳をかすめた。


あまりに音が空虚すぎて、一瞬空耳かと疑ってしまった。



ハッと我に返った時にはもう、少年はわたしの横を通り過ぎて、公園を去ってしまっていた。



咄嗟に振り返る。

遠ざかっていく少年のうしろ姿さえ、凛として、大人っぽい。今のわたしが背伸びしたって、ああはなれやしないんだろう。


けれど、触れたら壊れてしまいそうなほど、脆く悲しげでもあった。



わたしは少年の背中を視界に焼き付けた。


たとえ本当に壊れてしまっても、わたしは……わたしだけは丸ごと全部思い出せるように。




少年が完全に見えなくなった。

わたしはしばらくの間、公園に残る少年の面影を探していた。



桜の木がゆらり、揺れて。


わたしに芽生えた感情の名前を、教えてくれているようだった。