いつも以上に敵意に満ちた尖った目つきで、疎ましがられるかもしれない。

あの噂は本当だと、さらにバケモノ扱いするかもしれない。


元よりわたしの居場所なんかなかったけれど、四面楚歌の敵地になんか戻りたくない。



「……いえ、病院に行きます」


「そう?」



今あの窮屈な教室に戻っても、居心地悪さに耐えられる気がしない。


想像でこんなに辛いのに、一体現実だとわたしはどうなってしまうんだろう。



「いいなー、堂々とサボれて」



皆瀬くんの陽気な声色で、ネガティブな思考が止められた。


その明るさはわたしのためにわざと……なんて。身勝手な勘違いをしてしまいそうになって、慌てて打ち消した。そんなわけない。皆瀬くんの優しさにすがりすぎだ。



「皆瀬はサボりすぎ。午後からは授業に出なさい」

「えー」



みんな、皆瀬くんみたいだったら。

苦しまずにすんだのかな。


バカみたいなたらればを、キーンコーンカーンコーンと、昼休み終了のチャイムが払いのけた。



「チャイム鳴ったわよ。皆瀬は教室に行きなさい」


「はいはい」


「矢崎さんはちょっと待ってて。冬木先生に報告するついでに、カバン持ってきてあげるから」


「はっ、はい。ありがとうございます」



颯爽と保健室を出て行った琴平先生とは違って、皆瀬くんは余裕そうにのんびりと歩いている。



皆瀬くんが行っちゃう前に、もう一回伝えておきたい。

わたしの気持ちを。



「み、皆瀬、くん」


「ん?」



開きっぱなしの扉の前で、皆瀬くんは振り返った。



スカートをきゅっ、と握る。シワがよってしまったけれど、この際気にしない。空っぽな手の中を、埋めたかった。


一度閉じた口を、開いた。この気持ちだけは、しっかりと外に放たなくちゃ。そうしなきゃ、一生伝わらない。



「本当にありがとうね!」



皆瀬くんは突然のことに少し驚いてる様子だった。

瞠られた両眼に、わたしが鮮明に描かれる。


あ、あれ?
な、なんか、だんだん恥ずかしくなってきた。


前髪をいじって、真っ赤な顔の上半分に影を落とす。



「え、えっと、その……ま、また、ね」



語尾が消えかけた『またね』の挨拶。

わたしにしては頑張ったほうだ。……たぶん。


聞こえたかな。
届かなかったかも。

失敗した……。


落ち込んでいたわたしの耳が、小さな笑い声を拾い取った。



「うん、じゃあね、矢崎さん」



黒い前髪の壁の、向こう側で。

皆瀬くんはとても切なそうに目尻を下げていた。


“あのときの少年”の面影のある微笑みに、胸が高鳴ると同時に圧縮されて、体内の機能が鈍る。



なぜだろう。

八年前のときみたいに、皆瀬くんが泣いてるように錯覚したのは。


泣いてなんかいなかったはずなのに、瞳は確かに潤んでいた。




バタン、と閉じられた扉の音が、やけに虚しく保健室に響いた。