環くんが亡くなったとき、百花はまだ二歳だった。そのため百花はあまり環くんのことを憶えていない。
だから、わたしは、百花によく思い出を語って聞かせた。どんなことがあって、どんな言葉をくれて、どう生きたのか。
百花に伝えたかった。
あなたのお父さんは、誰よりも優しく、温かい人だったって。
「お父さんを綺麗にしてあげようね」
「うんっ!」
はりきる百花と協力して、墓石を水で洗い、墓石周辺の手入れをする。
ひととおり掃除を終えたあと、持ってきた白い花を供えて、線香をあげた。煙の先がゆらゆら揺らめく。
お墓の前で手を合わせ、拝む。百花もわたしを真似して、両の手のひらをぺちんと重ね、きゅっときつく目を瞑った。
左手の薬指には、環くんからもらった指輪を今でも大事に付けている。一生外すことはないだろう。これはわたしと環くんの誓いだから。
――環くん。
環くんと出会ってなかったら、こんなにもたくさんの奇跡を起こすことなんてできなかった。
数え切れないくらいの幸せを、ありがとう。
一緒に生きてくれて、ありがとう。
今も、これからも、わたしは環くんのことが大好きだよ。
愛してる。
ゆっくり瞼を開けて、お墓を見つめる。空の上で、環くんはどんな顔をしているんだろう。ううん、考えなくてもわかる。そばにいた時間が、教えてくれる。
「そろそろ帰ろうか、百花」
「うん!またね、お父さん」
行きよりも元気よく、百花はお墓に……環くんに手を振った。
「環くん、また会いに来るね」
わたしは別れを惜しみながら、左手で百花の小さな手を握った。