十年後、春。





今年もまた、桜が生まれ変わった。

芽吹く花びらはまだ真新しく、染色もどこかあどけない。


濃淡の激しい、青々しい日差しは昨日とは打って変わって太陽の面影を孕ませている。いいお天気だ。道行く度に見かける春の花たちには、まだ昨日の名残がポツポツと残っていた。花弁の真ん中に綺麗に乗っかってる小粒は、光を浴びて気持ちよさそうに艶めく。


それを眩しがりながら、わたしは目的地に向かって歩いていく。腕には、儚くも凛とした白い花。抱える力がやや弱いのは、力んだらポキッと危うく折ってしまいそうだからだ。



「お母さん、早く早く!」


「はいはい」



わたしの手のひらよりも小さな手に、スカートの裾を引っ張られた。あり余る元気さに、困ったように返事をする。

そんなに急がなくたって、目的地は逃げたりしないのに。


返事をするだけして一向に速度が変化しないわたしにムッとしつつも、勝手に少し先まで行ってしまった。あっちがどれだけ速く移動しても、手が小さければ歩幅も小さいため、わたしの大股一歩でいとも簡単に追いつけてしまう。

道順に不安になったのか、こっちの道で合ってるか、振り向いて訊いてきた。お揃いの生地のスカートが、ひらり、ひるがえす。わたしは合ってるよと、穏やかに含み笑いした。



大切で特別な人が、もう一人増えて、約五年。

わたしの、家族。
わたしの、わたしたちの、子ども。



娘は、今月末に迎える誕生日で五歳になる。来年は小学生だ。時が経つのは早いな。今からどのランドセルにしようか、昨日も家で散々悩んでいたっけ。


十年経っても交流を続けている依世ちゃんから、娘宛に少し早めの誕生日プレゼントを贈られてきたのも、昨日の話だ。


サイズの大きなプレゼントで中身は何かと思ったら、わたしと娘がお揃いで着れる、同じデザインのワンピースだった。淡い桜色のシンプルな生地に、ところどころ花や葉の刺繍が施されている。

メッセージカードには『ハッピーバースデー』の言葉と共に『手作りだから拙い部分もあるかもしれないけど良ければ』との謙虚な文章も綴られていた。拙いって、どこがだろう。お店で売られてるソレと何ら変わりないというのに。実家を継いで美容師になった依世ちゃんの手先の器用さは変わらない。


せっかくだから、今日早速着てみたら、とても着心地がよく動きやすい。この可愛いワンピースを、娘もすぐ気に入った。



ここに環くんがいたら、何て言っていただろう。


――よく似合ってる。可愛いよ。


なんてささやいて、わたしたちの宝物をぎゅっと抱き寄せて笑ってくれる姿を容易に想像できて、思わず表情が甘く歪みそうになった。





目的地に到着した。静寂の空気感に娘は怖くなったのか、緊張しているのか、わたしの隣にぴったりくっついた。

行こっか、と優しく声をかけ、娘と一緒に中に入る。


ここは、霊園。
白い花の届け先。

愛の眠る場所。


整然と並んでいるお墓の前の道を通り、その列の一番左端のお墓の前で立ち止まった。



「久しぶり、環くん。会いに来たよ」



三年前、環くんは天国へと旅立った。


いつ死ぬかわからない病と最後の最後まで闘い続けた環くんを、ずっと近くで支えてきた。初めは二人の思い出だったものに、もう一人加わり、いつも今日を好きになれた。どの”今”にも、頑張った証が刻まれていた。生きる意味が、そこに確かにあった。


まだ完全には環くんのいない世界を受け入れられていないけれど、娘と共に精一杯生きている。



「お父さん、ここに眠ってるの?」


「うん、そうだよ」



娘と同じ目線になって頷くと、娘はパアッと表情を明るくなった。



「お父さーん!百花(モモカ)だよ!!」



百年先も、桜の花みたいに綺麗に咲くような、素敵な“今”を送れますように。そんな願いを込めて、娘を「百花」と名づけた。