「もし、本当に、俺とその初恋の人が同一人物だとしたらどうする?」
あ、また。
涙に塗れてしまいそうな、弱く、痛い、褪せた表情。
救われたそうに嗚咽をこらえているにもかかわらず、本心をこちらに表そうとはしない。
息を呑んだ。
「怖い、だろ?」
そう言ってる環くんのほうが、自分を怖がってる。
間髪入れずにわたしから目を背け、俯いた。
この人は何を言っているんだろう。どこに恐れる必要があるだろう。わたしが、怖がる?環くんを?そんなの絶対にありえない。
恩人に、大切な人に、恐怖など抱くはずもないだろうに。
「怖くないよ」
「え?」
ゆらり揺らいだ視線が、再びわたしのところに戻ってきた。
環くんがわたしをここに連れて来てくれたあの日、環くん、言ってくれたよね。
『バケモノなんかじゃない』
『矢崎さんは、矢崎さんだよ』
わたしも、同じだよ。
「環くんは環くんだから、ちっとも怖くない」
“あのときの少年”と同一人物でも、違っていても、どっちだっていいよ。単に答えが知りたかっただけで、そのあとどうするわけでもないんだよ。好きだから知りたい。そう思うのはいけないこと?
わたしは、環くんの全てを受け入れる。
それくらい、環くんが大好きなの。
「ねぇ、環くん」
「莉子ちゃん……っ」
「環くんのことを、教えて?」
ビー玉よりも淡く澄んでいる正面の瞳に、わたしの華奢な姿形がはっきり描かれる。輪郭も、顔も、手も、使い古されたローファーも。
わたしの名前を呼んでくれたことが嬉しくてたまらない、ってその表情にしっかりはっきり書かれていて、ちょっと恥ずかしくなった。
短い静寂のあと、環くんは恐る恐る口を開いた。
「たぶん、莉子ちゃんの初恋の人は、俺だ」
やっぱり、そうだったんだ。
だからこんなにも、雰囲気が重なっていたんだね。
「八年前の春休み、孤独を忘れようと、この桜の木を眺めてたのを憶えてる」
「孤独って……?」
どういう意味?
環くんがいつも一人でいたことと、何か関係があるの?