迷惑とか、不安とか、恐怖とか。
気にしないようにしてもどうしても気になってしまうし、後悔したくなくてもあとで結局悔やんでしまうかもしれないし。ひとつネガティブな考えに囚われたら、その連鎖は簡単には止まらない。
だったら、自分がやりたいようにやらなきゃ。立ち止まったままじゃ、変化なんて一向にやってこない。言葉にしなきゃ、相手に伝わりっこない。
そんなこと、とっくに知っていた。
教えてくれたんだ。
『俺にしてほしいこと、ある?』
『わたしの話を、聞いてくれる?』
環くんが。
知ってるよ。秘密がどれだけ脆くて、重いか。
だから、分け合わなくちゃ。共有すれば、強固になり、軽くもなる。
少なくとも、わたしは、そうだったよ。
「これ、食べてもいい?」
「え?今?」
「うん。勇気、もらいたいの」
依世ちゃんは嬉々として「いいよ!」と返事をしてくれた。
ラッピング袋を開けて、クッキーをひとつ食べた。苦味のない、ちょうどいい甘さが舌の上でほろほろ溶けていく。
「どう?」
「すごく美味しい!」
「ホント?よかった!」
リボンを縛って、袋を閉めた。元通りとまではいかなかったが……うん、わたしにしては器用に綺麗に結べた。クッキーを数枚残したまま、砕けないようにそうっとカバンに入れた。
残りのクッキーは、頑張ったあとのご褒美にしよう。
「依世ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
めいっぱい勇気を補給できた。
凛と背筋を伸ばして前を向く。
「わたし、行かなくちゃ」
「え?」
「環くんに会いに」
今じゃないといけない気がする。
今すぐ、会いたい。
ほどけた糸を、結び直しに行こう。
「じゅ、授業はどうするの!?」
「ごめん、サボる」
「サボっちゃダメでしょ!」
依世ちゃんが学級委員として食い気味に注意する。当然の反応だ。
そうだよね。学生の本分は勉強だ。依世ちゃんが怒るのも無理はない。
それでも。
「……っていうのは、学級委員としての言い分」
反抗するわけにもいかず黙り込むわたしとは対照的に、依世ちゃんは舌を出しておどけた振りをする。
直後、トン、と背中を押された。心理的じゃない。物理的に。
「それでこれは、咲間依世としての行動」
振り向くと、依世ちゃんは「頑張れ」と握りこぶしを掲げていた。また勇気をもらってしまった。
無機質な音色が校舎を駆け巡った。昼休み終了のチャイムだ。もうすぐ授業が始まる。
「依世ちゃん!」
クッキーを作ってくれて。
頑張る理由を教えてくれて。
わたしの背中を押してくれて。
「本当に、本当に、ありがとう!!」
依世ちゃんのおかげで、わたしは前に進める。
教室に入ってきた先生とすれ違うように、わたしは勢いよく走り出した。人気のない閑散とした廊下に、ひたむきな足音だけが響き渡る。
確証はないけれど、環くんはきっとあの公園にいる。
行かなくちゃ。行って、環くんに会わなくちゃ。
校舎を出て、無我夢中に駆けていく。誰もが惹かれるくらい清々しい群青の空に見惚れている余裕など持ち合わせていない。目指すべきゴールだけが、意識も心も支配していた。