診察結果は、異常なし。

バケモノだと噂の異質な左腕は、感覚を奪われたまま、通常運転らしい。


よかったな、と葉上先生は得意げに笑った。次いで、わたしも噴き出していた。

だけどそれは、葉上先生の破顔につられたからではなくて。
説明されたら、わたしの左腕はこんなにも矛盾だらけの不可思議なものだったんだと、改めて再確認したらおかしく思えたからだ。



「ありがとうございました」



わたしは葉上先生に一礼して、診察室をあとにした。包帯を巻き直した左腕を、制服越しにさする。


今では、わたし、こんなに前向きにこの左腕を受け入れて、向き合えている。少し前まで考えられなかったな。

そのきっかけをくれた環くんを連想してしまい、つい苦笑いした。



病院を去り、バスに乗った。最初は満員に近かったバス内は、次第に席が空き始め、下車する二つ前のバス停からは乗車客は数えられる程度になっていた。


次、降ります。
慣れた手つきで降車の合図のボタンを押すと、機械音が流れた。


自然色の豊かな田舎町でバスを降りる。家で昼食を摂ってから学校に行くつもりなので、まずは家を目指した。



家に到着したのは、正午ごろだった。


玄関の扉は、不用心にも鍵はかかっていない。いつものことだ。この町にいる人たちはほとんどが顔見知りのため、鍵をかけてもかけていなくても何ら変わりはないらしい。



「ただいま」


「莉子ちゃん、おかえり」



家に入ると、かっぽう着をまとったおばあちゃんが出迎えてくれた。台所のほうから、香ばしい匂いが漂ってきた。



「ちょうどお昼ご飯できたけど、食べるかい?」


「うん、食べる」



居間のちゃぶ台には、ずらりとお皿が並んでいる。

きのこの混ぜご飯、きゅうりの漬物とたくあん、こだわりの味噌を使ったお味噌汁、揚げたてのコロッケ。


出来立てほやほやの美味しそうなメニューに、お腹がぐうううと大きく鳴る。お腹の虫はもう我慢できないようだ。



わたしとおじいちゃんとおばあちゃんでちゃぶ台を囲み、合掌をして昼飯を食べ始めた。

大好きなコロッケを豪快に一口頬張れば、サクッといい音がした。中身が口の中で熱を持ったままとろける。



おばあちゃんの作る料理は、いつだって温かくて、懐かしくて。

葛藤しつくして、えぐってしまった心臓と涙腺を、刺激する。



「左肩はなんともなかったのかい?」


「うん、異常なしだって」


「そうかいそうかい。よかったねぇ」



おばあちゃんのほっぺが、ほろり、とゆるむ。その笑顔が好きで、大好きで、わたしのほっぺもふにゃりとほぐれた。



葉上先生には診断結果以上に大切なことを教えてもらった。恋の悩みに関するアドバイス……というか、一種の宿題のようなもの。


『“今”を精一杯生きろよ』


何をどうして生きたらいいんだろう。

バスの中でずっと考えていたけれど、結局明確な答えは思いつかなかった。


もし、“今”を精一杯生きられたら、こんな風にくよくよしたりせず、堂々と環くんの隣を歩けるようになるのかな。