西美小学校を出て歩いていると、あの場所――愛梨と初めて出会った場所に着いた。
「ここが、始まりなんだよな」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
ここで偶然見かけて、助けた。そして次の日には守る、騎士になると約束した。
今日まで約一週間のことだったけど、俺にとっては大切な思い出。大切に時間なんてものは関係ないんだ。
「それに、しても……」
愛梨を守る、助ける。なんて格好の良いこと言ってたけど、今思えば助けられたのは俺の方かもしれない。
もしもあの日。愛梨と会えなかったら、俺は一生あのままだったかもしれない。
もしも愛梨が、話を聞いてくれなかったら。俺は心の奥に嫌な思い出を残したままだった。
もしも愛梨がテニスをしたい、そう言ってくれなかったら。俺は二度とテニスをすることはなかったはず。あの場所、おばちゃんにも、自分から会いに行くことはなかった。
もしも愛梨が、学校まで――
「ああ……やっぱりな。やっぱり、」
助けられたのは、俺だ。
愛梨が、愛梨達が居てくれたからこそ、俺は今こうしていられるんだ。
さっき礼を言われたけど、俺はその倍以上、感謝しないといけないな。
「…………さて、そろそろ行くか」
道のど真ん中で突っ立っていたら、迷惑になる。ちょうどいいから、あの日と同じようにこっちから帰ろう。
そう思って視線を前方に移し、歩き――
「ん? なんだろう……」
視線を逸らした瞬間から、妙なモヤモヤを感じる。
さっきまでスッキリしてたのに。いや、今もスッキリしてるんだけど、少し違和感があるような……。
「…………まあ、あれか。初めての感覚だから、身体が慣れてないんだろうね」
そう自分を納得させ、歩き始める。
けど。どういうわけか、モヤモヤが大きくなってきている気がする。
「なぜだろう? 思い当たる節はないんだけど……。それに、これは、今までのとはどこか違う……」
そんなことを考えていると――
「おにーちゃん!」
背後から、聞きなれた可愛いらしい声がした。この声は、
「愛梨」
振り返ると、息を切らしている愛梨がいた。
「ど、どうしてここに?」
愛梨の家は反対のはずだ。それに、どうして一人でいるんだ?
「あのねっ。おにーちゃんが、遠くへ、行っちゃうような、気がしたの」
愛梨の口から出たのは、予想していない言葉だった。
俺が、遠くへ?
「…………えっと。どういうこと、かな?」
「おにーちゃん、これから、もう、愛梨と会ってくれないの? 来てくれないの?」
あぁ。遠くってのは、そういうことか。
「う~ん。元々ちょっかいがなくなるまで、と決めてたからね。でも大丈夫。さっきも言ったけど、俺がいなくても――」
「嫌だよ!!」
とても大きな声。
初めて聞く、愛梨の叫び声だった。
「あ、あいり……?」
「愛梨、もっとおにーちゃんと一緒にいたい。愛梨、おにーちゃんと一緒の時、すっごく楽しかった。だから、おにーちゃんとお別れは嫌。おにーちゃんと一緒がいいの!」
「愛梨……」
「お願いです、おにーちゃん!」
それは常に一歩引いている、遠慮する、愛梨からの初めてのお願いだった。
……ここまで、俺のことを必要としてくれてるなんて……。正直、思っていなかった。
だから、聞いた時は嬉しかったし、それと当時に、モヤモヤの理由も分かった。
俺も、そう。
俺も、愛梨と離れることに未練があったんだ。
この問題が解決するということは、この子との接点がなくなってしまう。俺の中で『愛梨』という存在は、特別な、なくてならない存在で――。
別れが、辛かったんだ。
「……愛梨、ありがとね。ようやく気が付いたよ」
「おにーちゃん?」
「俺も、愛梨と一緒に居て、楽しかった。一緒に帰ったり、お昼ご飯食べたり、テニスしたり……」
「おにーちゃん……」
「俺も、お願いするよ。愛梨、一緒にいよう」
「おにーちゃんっ!」
必死に走って疲れてるはずなのに、俺の胸に飛び込んできてくれた。
「愛梨が来てくれなかったら、自分の気持ちに気が付かなかった。もう一度、ありがとうって言わせてもらうよ」
「愛梨、嬉しいっ。いっぱい迷惑かけたから…………こんなことお話して、おにーちゃん迷惑じゃないかな? って、ずっとずっと言えなかったの」
「そうだったんだ。全然、迷惑なんかじゃないよ」
むしろ、どんどん迷惑をかけてくれてもかまわないくらいだ。
「えへへぇ、ありがとーおにーちゃんっ。これからもおにーちゃんに会えるから、すっごく嬉しい」
「俺もだよ。放課後、学校がない日も、会いに行くからね」
「んっ。今度は綾音ちゃんと、おにーさんも一緒にあそぼー。また、テニス教えてもらいたい」
「俺でよければ、いつでも教えるよ。あ、ところでその綾音は?」
今日は、図書委員じゃないだろうし……。どこにいるんだろ。
「綾音ちゃんはね、愛梨がおにーちゃんを追いかけるって言ったら、視聴覚室に残ってくれてるの。先に帰って、って言ってくれたの」
なるほど、代わりに教師と話をしてくれているのか。こりゃ感謝しないといけないな。
「そうなんだ。じゃあ今日は綾音に甘えて、一緒に帰ろっか」
「うんっ」
元気いっぱいの返事と共に愛梨の両手が俺の右手をしっかりと握り、俺達は仲良く歩きはじめる。
こうして俺達の関係は一度終わって始まり、
これからは小さな天使との楽しい楽しい毎日が、幕を開けるのだった。
「ここが、始まりなんだよな」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
ここで偶然見かけて、助けた。そして次の日には守る、騎士になると約束した。
今日まで約一週間のことだったけど、俺にとっては大切な思い出。大切に時間なんてものは関係ないんだ。
「それに、しても……」
愛梨を守る、助ける。なんて格好の良いこと言ってたけど、今思えば助けられたのは俺の方かもしれない。
もしもあの日。愛梨と会えなかったら、俺は一生あのままだったかもしれない。
もしも愛梨が、話を聞いてくれなかったら。俺は心の奥に嫌な思い出を残したままだった。
もしも愛梨がテニスをしたい、そう言ってくれなかったら。俺は二度とテニスをすることはなかったはず。あの場所、おばちゃんにも、自分から会いに行くことはなかった。
もしも愛梨が、学校まで――
「ああ……やっぱりな。やっぱり、」
助けられたのは、俺だ。
愛梨が、愛梨達が居てくれたからこそ、俺は今こうしていられるんだ。
さっき礼を言われたけど、俺はその倍以上、感謝しないといけないな。
「…………さて、そろそろ行くか」
道のど真ん中で突っ立っていたら、迷惑になる。ちょうどいいから、あの日と同じようにこっちから帰ろう。
そう思って視線を前方に移し、歩き――
「ん? なんだろう……」
視線を逸らした瞬間から、妙なモヤモヤを感じる。
さっきまでスッキリしてたのに。いや、今もスッキリしてるんだけど、少し違和感があるような……。
「…………まあ、あれか。初めての感覚だから、身体が慣れてないんだろうね」
そう自分を納得させ、歩き始める。
けど。どういうわけか、モヤモヤが大きくなってきている気がする。
「なぜだろう? 思い当たる節はないんだけど……。それに、これは、今までのとはどこか違う……」
そんなことを考えていると――
「おにーちゃん!」
背後から、聞きなれた可愛いらしい声がした。この声は、
「愛梨」
振り返ると、息を切らしている愛梨がいた。
「ど、どうしてここに?」
愛梨の家は反対のはずだ。それに、どうして一人でいるんだ?
「あのねっ。おにーちゃんが、遠くへ、行っちゃうような、気がしたの」
愛梨の口から出たのは、予想していない言葉だった。
俺が、遠くへ?
「…………えっと。どういうこと、かな?」
「おにーちゃん、これから、もう、愛梨と会ってくれないの? 来てくれないの?」
あぁ。遠くってのは、そういうことか。
「う~ん。元々ちょっかいがなくなるまで、と決めてたからね。でも大丈夫。さっきも言ったけど、俺がいなくても――」
「嫌だよ!!」
とても大きな声。
初めて聞く、愛梨の叫び声だった。
「あ、あいり……?」
「愛梨、もっとおにーちゃんと一緒にいたい。愛梨、おにーちゃんと一緒の時、すっごく楽しかった。だから、おにーちゃんとお別れは嫌。おにーちゃんと一緒がいいの!」
「愛梨……」
「お願いです、おにーちゃん!」
それは常に一歩引いている、遠慮する、愛梨からの初めてのお願いだった。
……ここまで、俺のことを必要としてくれてるなんて……。正直、思っていなかった。
だから、聞いた時は嬉しかったし、それと当時に、モヤモヤの理由も分かった。
俺も、そう。
俺も、愛梨と離れることに未練があったんだ。
この問題が解決するということは、この子との接点がなくなってしまう。俺の中で『愛梨』という存在は、特別な、なくてならない存在で――。
別れが、辛かったんだ。
「……愛梨、ありがとね。ようやく気が付いたよ」
「おにーちゃん?」
「俺も、愛梨と一緒に居て、楽しかった。一緒に帰ったり、お昼ご飯食べたり、テニスしたり……」
「おにーちゃん……」
「俺も、お願いするよ。愛梨、一緒にいよう」
「おにーちゃんっ!」
必死に走って疲れてるはずなのに、俺の胸に飛び込んできてくれた。
「愛梨が来てくれなかったら、自分の気持ちに気が付かなかった。もう一度、ありがとうって言わせてもらうよ」
「愛梨、嬉しいっ。いっぱい迷惑かけたから…………こんなことお話して、おにーちゃん迷惑じゃないかな? って、ずっとずっと言えなかったの」
「そうだったんだ。全然、迷惑なんかじゃないよ」
むしろ、どんどん迷惑をかけてくれてもかまわないくらいだ。
「えへへぇ、ありがとーおにーちゃんっ。これからもおにーちゃんに会えるから、すっごく嬉しい」
「俺もだよ。放課後、学校がない日も、会いに行くからね」
「んっ。今度は綾音ちゃんと、おにーさんも一緒にあそぼー。また、テニス教えてもらいたい」
「俺でよければ、いつでも教えるよ。あ、ところでその綾音は?」
今日は、図書委員じゃないだろうし……。どこにいるんだろ。
「綾音ちゃんはね、愛梨がおにーちゃんを追いかけるって言ったら、視聴覚室に残ってくれてるの。先に帰って、って言ってくれたの」
なるほど、代わりに教師と話をしてくれているのか。こりゃ感謝しないといけないな。
「そうなんだ。じゃあ今日は綾音に甘えて、一緒に帰ろっか」
「うんっ」
元気いっぱいの返事と共に愛梨の両手が俺の右手をしっかりと握り、俺達は仲良く歩きはじめる。
こうして俺達の関係は一度終わって始まり、
これからは小さな天使との楽しい楽しい毎日が、幕を開けるのだった。