日曜の大半を筋肉痛との戦いで過ごし、今日は月曜日。
 だらだらと登校。眠たい目を擦りながら我がクラスのドアを開けると、なぜか正樹が妙な笑顔で待機していた。
「おはよ、修ちゃん。待ってたよ~」
「お、おはよ」
 朝からテンション高いな。
 しかし、ドアの前に立ってるって……。何分俺を待ってたんだろう。
「さささっ。こちらへどうぞ」
 高級料理店の店員の如く丁寧に案内され、自分の席に座る。
「? 正樹、どうしたの?」
「ちょっと、修に聞きたいことがあるんだよ」
 ああ、だから待ってたのか。聞きたいことってなんだろ?
「何?」
「プチハーレムは楽しかった?」
「……。は?」
 ぷちはれーれむ?
「愛梨ちゃんと、あの落ち着いた女の子と過ごしたんでしょ? だったらプチハーレムじゃねぇですか」
「うるせぇこのキモオタ。なんでもかんでもそういう目で見るんじゃねーよ」
「え~。でもでも、事実ですしぃ」
「バーカ。その日は綾音は、家の用事で来れなかったんだよ。俺は愛梨と、一緒だったんです」
「ありゃ、そうかそうか。……あれ、でもそれはそれで、愛梨ちゃんに集中できていいよね」
 俺はおもわず、嘆息してしまう。
 月曜だってのに、いきなりこれ。精神を削ってくるから話を変えよう。
「ところで、正樹。そっちはどうだったんだ?」
「そりゃあもうバッチリよ!」
 あっさり成功。この活き活きとした様子、水を得た魚のようだ。
「ふーん。良かったな」
「うんうん。色々買えたしね~、あ、そうそうっ。ふらっと寄ったお店で、買い逃してた本の初回限定版があってさ~。予定外の出費だったよ、まいったまいった」
 口ではそういいながら、充実の表情。ものすごい生き生きとしている。
「その本って先月、お金が足りなくて諦めてたやつだろ? 確か人気って言ってたのに、よく残ってたね」
「そうなんだよ! 僕も発見した時は、幻かと思ったくらい。いや~、あのお店は穴場だわ。今度、一緒に行こうぜ~」
「ああ。全力で拒否するよ」
 どうして興味のない俺がいかないといけないんだ。
 誘うなら、同類の父さんにしろ。
「…………ああ、でもあれか……。同じ時間に修は、愛梨ちゃんと遊んでいる……」
「だから俺は不参加だと言ってるし、自分の話が終わったらまた戻るのかよ。どんだけ残念がってんだ」
「だって……。愛梨ちゃんのサンドイッチ、食べたかった」
 とてつもなく、シュンとなる。今の正樹ほど『うな垂れる』という言葉が似合うやつもいるまい。
「ったく、仕方ない。実は、愛梨と綾音から、お前にプレゼントがあるんだよ」
 絶対に騒ぐから放課後に渡すつもりだったんだけど、あまりにも落ち込んでるからな。ここで渡しておこう
「はえ?」
「はい、これ」
 鞄から青色のリボンでラッピングされた袋を出し、手渡す。
「隊長。これは……何で、ありますか?」
 隊長って誰だ?
「これは、カップケーキ。金曜日のお礼したいってことで、昨日二人で作ったんだって。あと、これ手紙。ちゃんと話せなかったからってことらしいよ」
「…………」
 おおぅ。ものすごい勢いで取って、ものすごい勢いで手紙を読んでるよ。
「昨日の夜――七時くらいに綾音からメールがあって、取りに行ってたんだよ。んでその日に渡そうと思ったけどさ、お前は留守だったってわけだ」
「…………。ウレシ」
「え?」
 読み終えた途端、ウレシ? 嬉しいって、こと?
「キマシタヨキマシタヨ。ボクニモキマシタ。フタリトモアリガト」
 おいおい……。日本語がカタコトになってる。
「ちょっ。大丈夫か?」
「……ありがとう! 僕なんかのためにっ! よっし、これは家宝にするぞっ! 絶対に食べないグヘヘ」
 まさに、狂喜乱舞。袋を抱きしめたまま回転してる。
「おい、その辺にしとかないと、そろそろ――」
 ガラガラ!
「席に着け。HR始めるぞ」
 言おうとしたら、坂本先生きちゃった。
「正樹。早く隠さないと没収されるぞ」
「はいはい。分かってまするよ~。あははははははは~」
 ヤツは回転しながら、器用に自分の席へと戻っていった。
 ぅーん。やっぱり、渡す時間、間違えたかなぁ。

                   ☆

 全ての授業が終わり放課後。
 やっぱり、朝渡すべきではなかった。
 頭のネジが外れかかった正樹は、授業中、鞄に入れたカップケーキを見ては「クケー」と奇声を発した。しかも毎時間。
 だから一時間ごとに先生に怒られる、心配されるの繰り返し。そしてついに六時間目・坂本先生の授業では、バケツ(水入り)を両手に持って廊下に立たされた。
 まさかこの時代で見れるとは思ってなかったし、やらせる人がいるとも思っていなかったよ。
「いや~、今日は酷い目に遭ったぜぃ。疲れた疲れた」
 落ち着きを取り戻した本日の主役が、肩を竦めながらやってきた。
 こいつは、全く反省していない。明日になるまで廊下に立たせておいた方が、いいかもしれないな。
「オメーは、自業自得だ。それより正樹、急いで帰らないのか? カップケーキが待ってるぞ?」
「そうなんだけど、その前に修に渡すものがあるのだよ。ほれっ」
 机の上に置かれたのは、女の子が表紙にいる薄い本。これは、同人誌と呼ばれるものだ。
「ユーのパパに、プレゼント。夜にでも差し上げといて」
「あ~、了解了解。……しかしいつもながら、無駄に露出が多いイラストだな……」
 今回のは特に、肌が出ている。
 もしも偶然一般的な女性が見たら、嫌悪してしまうレベルだぞ。
「そう? このくらい普通だよ?」
「いやいや、これはほぼアウトだろ。あまり破廉恥なのは、どうかと思うなぁ……」
「も~。相変わらず修は、純情さんだね~」
「純情、ねぇ。お前から見たら、普通が純情なんだろうな」
「ノンノン、紛れもなく純情クンさ。そんなんだから修は、皆に『BL大好き男子』疑惑をもたれるんだよ」
「は!?」
 今さりげなく、信じられないこと言ったぞ!
 BLって……。男同士が色々するジャンルだよなっ。
「まてっ。おれっ、そんな噂聞いたことないぞ!?」
「二年生の間では、有名だよ? 自分のことに疎くてどうするの」
 いやいやいやいや。疎いとか疎くないとかそういう問題ではなくて。
「どうしてそんなことになってんだよ。俺が何かしたか?」
「いやほら、休み時間は僕とずっと一緒だし、ふざけて抱きついたりしてるでしょ」
 ああね、確かに。二日に一回は抱きついて――
「てめえが原因かコラァ!!」
 おもいっっきり巻き舌で言ってやった。
「てへっ☆」
 ……。こいつ、殴りたい。
「てことは、あれか……。俺達は、そういう風に見られてたってことかよ」
「そゆことになるね♪」
 何を楽しそうに……。
 今、ようやく合点がいった。数日前のエロDVD騒動、あの時全力否定した俺を皆が信じてくれたのは、そういう理由だったのか。
「まあまあ、人にどう思われたっていいじゃん。僕は二次元美少女にしか興味なくて、修はノーマル人間なんだから」
「まあ……。そうだけども……」
「それに、いいこともあるしね」
「いいこと? それって?」
「隣のクラスのSさんが、同人誌を作ってた。もちろん『修×正樹』で♪」
「それってBL本じゃねぇかよ!! しかも何でキャラじゃなくて俺達なんだよ!!」
 これは、あれか? 新しいタイプの嫌がらせか?
「僕達、みてくれはいいじゃん?」
「自分で言うなバカ野郎!」
「冗談だってばぁ。まあまあ、Sさんは絵が上手いよ。コミケにも参加してるから」
 上手い下手の問題じゃなくてね、描いてること事態問題なんだってば。てかそのSさんってどんだけ物好きなんだよ。
「そういや、上手いって。お前見たの?」
「3作目をちょこっと。内容は……僕の部屋で、修が優しく僕のシャツのボタンを――」
「だぁっ、もう止めろ! お前恥ずかしくないのかよっ、よく言えるなそんなこと! もういからこの話はおしまい! もう二度とするな」
 精神が崩壊してしまう。
 3作目、って部分は聞かなかったことにする。さてと、脳内データを消去消去っと。
「は~。修がそういうなら、仕方ないなぁ~」
 なぜに残念がる。そういうの、やめろ。
「あのさぁ。お前が責任持って皆、特にSさんとやらに説明しといてくれよ?」
「う~ん。分かったけど……」
「けど、何?」
「原因の一つにはさ~、先月に行われた『第一回 エロ本(二次元と三次元)観覧大会』にクラス男子で唯一参加しなかったってのもあるんだよ?」
「そんなの知るか」
 何が大会だ。実際は、教室の後ろに固まって本読んでるだけだったくせにさ。しかも女子にすぐ見つかって激怒されて、次回の開催は未定になってるってのに。
「前から聞こうと思ってたんだけどさ。修は、何でエロ嫌ってんの?」
「別に。大した理由はない」
「え~、聞きたいな。どうしても、秘密?」
「……しつこい。どうしても秘密なんだよ」
 つい、声のトーンが低くなってしまう。
 たくよ、言えるわけないだろ。俺がそんなのを嫌いなのは、小学校の時のことが関係してるんだから。
 まあ、なんつーか……六年の時に学校行ったら、机の中にその……エロい本が入ってたんだよ。もちろん、俺のじゃない。恐らく、クラスの誰かのにーちゃんが買ってたやつなんだろう。
 で、それを捨てようとしてるところを偶然――いや、その瞬間を狙ってたんだろう、見つかって、クラスの男子が大騒ぎ。
 そんな出来事があってから、どうにもそういう本が苦手になったんだよね。
「うーむ、そっかぁ。したらばこの話は厳重に封印で、帰りますか」
 思ってたより、暗くなってしまっていたのだろう。気を遣われてしまった。
「ちょいと調子に乗りすぎた。ごめごめ」
「別にいいよ。そうだな、いつか話すよ」
「親しき仲にも礼儀ありで、もういいってば。それより今日も、愛梨ちゃん達と会うんでしょ?」
「うん。そうだけど、どうした?」
「じゃあさ、僕も一緒に行っていい? 直接感謝の意を伝えたいんだよ」
 手紙を書いたけど、二人も直接会ってお礼をしたがってた。これは丁度いい機会だ。
「いいよ。ちょっと待って、学校出る前にメールしとくから」
「はいは~い」
 えっと、スマホは…………あったあった。ポンッとタップをして――あれ、綾音からメールが来てる。
「もしかして、用事か何かがあるのかな……?」
 正樹のおかげでああいう事件は起きないから、きっとそう。
 とりあえず開封して、確認してみよう。
「えっと……。なになに……?」

《こないで》

 え?
 たった四文字。スマホの画面には、無機質な文字だけが表示されていた。
「おん? どしたの?」
「あ、いやね。綾音からメールが着てたんだけど……」
「どれどれ? みせてー」
「おいこらっ、覗くな! お前みたいなやつがいるから、世界中でトラブル発生していて――」
「あははははっ、嫌われたー。修先生、お主一体何したの?」
 こいつ、勝手に見て爆笑してやがる。さっきは、しまった的な顔をしてたくせに。
「人聞き悪いこと言うな。そりゃこっちが聞きたいよ」
「でも、それって絶対怒ってない? 何か失礼なことしなかった?」
「するわけないと、断言できる。それに昨日会ったばかりで、その時はカップケーキ貰ったんだぞ。もちろん美味しかったありがとう、ってメールした。これを見てみ。怒ってるように見えるか?」
 正樹に、昨日綾音とやり取りしたメールの一部を見せる。
「う~ん…………確かに、わざわざ来てもらってありがとう的なことを書いてるね。怒ってるどころか、感謝されてる」
「だろ? だから変なんだよなぁ。それに、なんか違和感があるんだよなぁ」
「違和感? それって、ひらがなだからじゃない?」
 ひらがな? ひらがな……ああそうか。そうだ! 違和感の理由はそれだ!
「分かった! 綾音のメールはきっちり変換するし、必ず丁寧語を使ってくれるし、最後には『。』を付ける。つまり全部が変なんだよ」
「そう言われると、そうだね。となると…………理由は…………緊急を要する事態が起きた、とか」
「緊急!? まさか、またアイツら」
「それは、ないよ。輝が言ってたけど金曜の部活帰りに、金髪+その他が『お友達によろしくお伝えください』って平身低頭で言ってきたみたい」
「そ、そうなんだ」
 となると、やっぱり違う。その可能性はないな。
「もしかしたら、単に途中で送っちゃっただけかも?」
「そうだといいんだけど……」
「そんなに気になるんだったら、今から行ってみようよ。何もなかったらそれでよし。僕はついでに修の家で、パパのアニメを観ていく」
「そうだな。よっし、今から行こう!」
 俺達は頷き合い、教室を飛び出した。