ほどなく、光代が他界した。
入院した話だけはナスチャに話してあったが、ナスチャが成田空港から横浜駅へ着いたときには、すでに通夜の支度が始まっていて、
「…オカンから、ナスチャに渡しとけって」
迎えに来た馨から、ナスチャは一冊の古いノートを渡された。
見るとノートには、レシピが書かれてある。
「…!」
ナスチャの、ブルーがかったグレーの瞳に涙が浮かんでいた。
京急線で逸見から坂を登った先の公民館がお通夜の会場で、到着する頃にはすでに、粟飯原家の月に星の家紋の提灯が立てられ、鯨幕も立て回されてあった。
「…カオル」
ナスチャの目から、一筋の涙が伝ってゆく。
馨は絶対に泣くまい、と天を仰いだ。
何日かして。
ひとまず無事に葬儀も済んで、荼毘に付された骨壷を、四十九日を待たずに──あくまでも仕事の都合だが──馨が岐阜の菩提寺に持ってゆくことになった。
「うちの菩提寺って、郡上八幡って町にあんねんけど」
時候がちょうど郡上踊の頃なので、宿が取れるかどうか分からない。
ナスチャは「行く」と言った。
「観光と違うけどな…」
「…知ってる」
ナスチャは真顔でうなずいた。