『……まさか』

「俺ほどじゃないです。能力は限定的です」

『いや、ありえない』

「実際に俺が存在しているのだから、ありえないなんてことはないですよ。彼女は中学生です。同じような能力がある人間はたくさんいる。そしておそらく、これからも増える。その多くは十代です。きっといつか、秋山さんも出会うでしょう。彼らが悩んでいるのを見つけたら、事務所に連れて来てくださいよ。俺なら力になれるはずです」

 皮肉を言えるほどの余裕が出てきた西松にたいして、秋山は余裕をすっかりなくしてしまったようだ。電話越しにそんなの嘘だと独り言のように呟いて、なにかが床に落ちるような音が聞こえた。

『……拓海君のことも解決できないで、いったいなにができるんですか』

 秋山は動揺しながらも、拓海のことに話題を戻した。

『仮に拓海君の妹が能力者だとしたら、やはり拓海君は被害者ですね。あなたみたいな人間に囲まれて本当に可哀想だ』

「いえ、拓海は可哀想なだけじゃないですよ。秋山さんは、極端なんだと思います。俺のことはともかく、拓海は妹のことを少しも怖がっていない。妹を受け入れ、助けようとして、守ろうとしている。そして妹と同じ立場にある子たちのことも考えているんですよ。だけど今のままでは、とんでもない方向に暴走しそうなんです。俺にはそんな拓海を見放すことはできません」

『結局、私のアドバイスを聞くつもりはないのですね』

「それでも話を聞いていただけて良かったです。気持ちを整理することができました。ありがとうございました」

『人の心を好きに覗けて、気持ちの整理もなにもないですよ』

「心を覗けるだけで、すべてが思い通りになるわけじゃないです」

『確かに、ろくな人生を歩んでいなそうですね』

 あざ笑うように言う秋山に、西松は返す言葉がない。
 西松は人と深く関わることから逃げてきた。学生時代からの友達は一人もいない。悩みを相談する人間が秋山しかいない現状こそ、過去のつけだと思っている。ただ今は昔とは違うという意識もある。
 子供の頃できなかったことが、大人になった今はできるような気がした。
 前向きになったところで取り戻せないことが多くて、まだ子供である拓海や鈴が羨ましかった。一方で拓海や鈴に期待もしていた。拓海は西松の希望で、事務所を訪れる他の子供たちの将来も楽しみだった。拓海たちが大人になったら友達と呼べるかもしれないと、こっそり夢を見ていた。

『拓海君は私の手に負えないようだ。そして彼にはあなたの力が必要なようです。だから無理やり引き離すのは諦めます。しかし私たちはいつもあなたのことを監視しています。そのことをお忘れなく』

 突然電話を切られて、西松は鼻で笑う。
 秋山は子供のことを心から想っているけれど、その子どもが大人になった時はどうするつもりなのか。一度手を差し伸べた子供にたいしては、優しい態度を変えないことを願った

 それからしばらくして何者かが事務所の扉をノックした。開けてみると、髪を金色に染めた小柄な少年がいた。秋山が電話で最初に言っていた少年のようだった。
 少年は西松の姿を見た瞬間に逃げ出そうとした。だけど西松は少年の首根っこを掴んで事務所の中に放り込んだ。それから少年に名前をたずねると、思いの外素直に答えてくれた。少年が保護された時になにもしゃべらなかったのは秋山のことを舐めていたかららしい。一方、西松のことは逆らってはいけない人間だと咄嗟に判断し良い子であろうとしていた。
 西松は簡単に仕事を済ませ、迎えが来るまで少年を自由にさせておくことにした。すると少年は携帯電話を弄ってゲームを始め、時折スタートで誰かとやり取りをしていた。西松はそんな少年にスタートがなくなったらどうすると質問してみた。
 少年は、ないと死ぬしと答えた。