にやりと笑った彼女が手にしているもの。
それは、ぼくのスマホとおんなじものだ。

とっさにコートの左ポケットに手を入れる。

ない。
入れておいたはずのスマホがない。

「え!? それ、ぼくの…!?」

言い終わらないうちに、彼女はくるりと回れ右をして走り出した。

その細くて長い足をハードル走みたいに大きく動かして、
真っ赤なパーカーはぐんぐん走り抜けていく。

なんて速さだ。違う、僕の身体がなまっているんだ。

ときおり、ぼくを振り返る余裕すら見せながら、彼女は楽しそうに走っていく。
まるで、歩き始めて間もない子どもみたいに。

ぼくは必死に彼女の後を追った。
もはや、スマホなんてどうでもよかった。

いや、どうでもいいはずはないんだけど。
それ以上に、彼女を見失ったらいけない気がしたのだ。