七葉が、細い首を小さく傾げる。その時だった。
「りなちゃん、ちょっと」
厨房から呼ぶ声。
「はーい」
りな、と呼ばれた彼女が
「ちょっとすみません」と会釈して厨房へ消えた。
人違いだ。
ポケットの財布から千円札を抜き出し、テーブルに置くとそっと店を出た。
がっかりする気持ちと、そりゃあそうだよな、
という気持ちが交互に押し寄せる。
冬眠期に起きている人間なんて、いるわけないじゃないか。
いたとしても、だ。
あんなかわいい子がぼくに「私を探して」
なんて言うわけないじゃないか。
ほんと、恥ずかしい。
よかった、変なことを言わなくて。
ダメ人間はダメ人間らしく、わきまえろ。
上司の言葉が頭の中をぐるぐる回る。
もう、ぼくには行くところなんかない。
会社以外は。