欄干の上の彼女が、大きく右手を振り上げた。
ぼくはほとんど反射的に頭をかばい、その場にうずくまった。

ギュッと身を固くしたぼくの耳を、風の音だけがかすめていく。

恐る恐る顔を上げると、彼女はストンと欄干から飛び降りた。

「はい」

彼女がぼくの手のひらに何かを乗せた。

それは、ぼくのスマホだった。

「え? じゃ、さっき投げたのは?」

彼女がぼくの右の脇腹を指さす。

彼女に指さされた場所に右手で触れる。

あれ? ない。
ぼくのお守りが、ない。
しまった、やられた。

「仲良くしようよ。この世界にはいま、きみと私しかいないんだから」

ちょっとむかつくけど、その通りだ。

彼女はずいぶん前からこっちを見ていたのだろう。
女の子にしてみれば、ナイフを持ってる男とふたりきりなんて、
確かに怖いだろう。

「じゃあ、いこっか」

「は?」

「ずっとここにいたら、死ぬでしょ」

そうだけど。なんだよ、それ。

とまどうぼくかまわずに、彼女はさっさと歩きだした。