「やっと終わった」
 終礼が終わると、僕は朝と同じように机に突っ伏した。
 今日は異常に長い1日だった。

「ハハハハハ。散々な1日だったよな」
 紀夫が鞄を持って、立ち上がると笑った。
「帰るのか?」
「いや、クラブに行ってくる」
「クラブ?」
 紀夫は陸上部に入っている。勉強はあまりできないが、身長180センチで痩せマッチョの紀夫は短距離が得意で、あと一歩でインターハイに出場できるというところまでいったことがある。
 ただ、3年生は受験があるので、クラブは夏休み前で引退することになっていて、紀夫も引退しているはずだが。

「ああ、カノジョと一緒に帰ろうと思って」
 そうだった。
本来なら運動神経のいい紀夫はモテるはずだが、顔がサル顔でまったくモテない。僕と同じで年齢と同じだけのカノジヨいない歴だった。
だが、クラブの引退の日に2年生の後輩に告られるという奇跡が起きた。
紀夫は引退してからも週に何回かクラブに顔を出して、後輩たちと練習をしてからカノジョと一緒に帰っている。

「そうか」
 僕は頷いた。
「隆司は帰るのか?」
「今日は図書委員会があるから、今から図書室だ」
「なんか今日はついてないみたいだから気をつけろよ」
 紀夫が笑いながら手を振って教室を出て行く。

 大きな溜息をつくと、立ち上がり、図書室に向かった。
 僕は3年間図書委員をしている。
 図書委員など全然なる気はなかったが、1年生の時に澤田は本好きだから図書委員やれよとクラスメートに言われたのがきっかけで3年間図書委員をやるはめになった。

 別に、図書委員をやることは嫌ではない。
 クラスメイトが言うように本好きだし、図書委員の仕事といっても二週間に一度ぐらいの割合で当番が回ってきて、本を借りに来た人や返しに来た人の手続きをしたり、返却を受けた本を書架に返すだけだからそんなに大変でもない。

 貸し出しや返却の手続きも本のバーコードと全校生徒や教職員が持っている図書カードのバーコードをパソコンに読み取らせばいいだけだから簡単だ。
 手が空けば図書室の本を読んでもいいことになっているので、本好きの僕にとってはうってつけの仕事だった。

 図書の管理などは司書資格を持っている先生が専属でやっているので図書委員が何かする必要はない。あとは月一回開かれる図書委員会に出席することぐらいだ。

 ただ、今年はもう一つ役割が増えた。
図書委員長になってしまったのだ。
 図書委員長といってもすることは図書委員会の司会と月一回ある生徒会の会議に出席するぐらいだからそんなに負担でもなかった。

 図書委員会の司会は司書の先生が必要な話をしてくれるので、後は『質問ありませんか?』とか『何か意見はありませんか』と聞けば、意見や質問がある人が発言して、先生がそれに答えてくれるので気楽にできるし、生徒会でしゃべることもこんな本が入りましたとか、返却期限を守ってくださいとか決まっていることを言えばいいのでなんの煩わしさもない。
 クラブに入っていない僕にとってははちょうどいい暇つぶしぐらいに思えた。

 僕が図書室に入ると、すでに各学年の図書委員が集まっていた。
 しばらく待っていると、司書の先生が入ってきたのでいつもどおりに会議を始める。
 ひと通り先生の話が終わり、最後に、僕は「何か意見はありませんか」と聞いた。
 いつもなら何もないということで簡単に会議は終わるのだが、今日は違った。

「ちょっと、いいですか?」
 1年生のお下げ髪で眼鏡をかけた女子が手を挙げた。
「どうぞ」
 僕が言うと、その女子が立ち上がる。

「意見じゃないんですけど、明日、私が当番なんですけど、同じ当番の人が一度もきたことがないんです。明日は当番にちゃんと来てもらえるよう言ってもらえないでしょうか」
「一度も?」
 僕は聞き返した。
「はい。1学期は同じ当番の人が病気で休学しているって聞いて仕方ないと思ったんですけど、2学期はその人の代わりに別の人が図書委員になったと聞いたんです。だけど、その人も来ないんですけど……」
 その女子は今にも泣き出さんばかりに言う。

 たしかに、委員が一人休学しているという話は司書の先生から聞いていて、その分は先生がフォローすると言っていた。
 しかし、2学期は新しい委員が選ばれたと聞いて僕も安心していたのだが。
 まさか当番にきていないとは。
 それに気づかなかったとは僕も委員長失格だ。

「誰だよ? その新しい図書委員って」
「本当よ。私たちも委員だから嫌でもやっているのに。サボるなんて」
「そうよ。そうよ」
 ほかの委員たちが口々に文句を言いだす。

 図書委員は各学年の全クラスから一人ずつ出ている。全学年6クラスあるので、委員は全員で18人いた。
 その18人を二人ずつ9組に分けて当番を回している。1年生は上級生と必ず組むようにしているので彼女と組んでいるのは2年生か3年生だ。

「それって3年D組じゃなかった? たしか、2学期から石野さんに代わったって聞いたけど」
 誰かが言った。
「そうです。3年D組の石野さんです」
 お下げ髪の1年生が頷いた。
「石野……」
 3年生全員が沈黙する。
 よりによって石野さんか。
僕の顔も渋くなっていく。