しばらくすると、母さんが買い物から帰ってきた。
「あら、樹里ちゃんになったの?」
樹里の顔になっているアンナさんを見ても母さんは驚かない。
「うん。おばさん」
樹里が頷く。
「母さんは樹里が許婚だって気がついていたの?」
母さんはきっと樹里が僕の許嫁だと前から気づいていたんだ。
「最初に会った時から気づいてたわ」
「嘘? どうしてわかったの?」
「だって、樹里ちゃんの苗字『石野』でしょう? 『石野』は私の旧姓よ」
「そうだったけ」
母さんの旧姓を聞こうと思って忘れていた。
「そうよ。それになんとなく私の一族の雰囲気があるし、英語が喋れるからたぶんそうだろうなと思ったのよ」
「どうして教えてくれたなかったの?」
「間違ってたら嫌だったし、隆司が気づくかなと思って見てたんだけど、全然気づかないから笑ちゃったわ。それより樹里ちゃんにプロポーズしたの? 結婚したいんでしょう?」
母親なのに、よく息子を笑えるな。
「まだしてもらってないわ」
樹里が期待のこもったような目で僕を見る。
母さんの前でするのか?
「樹里、結婚してください」
思い切ってプロポーズした。
「いやよ」
即座に断られた。
「えっ」
目の前が真っ暗になる。
「どうやってプロポーズをして欲しいか前に言ったわよね。忘れたの?」
あれ本気だったのか……。
母さんの前だけど、仕方がない。
樹里を抱きしめて唇にキスをする。
「結婚してください」
「しょうがないわね。してあげる」
樹里が僕の唇に唇を押し付けてきた。
「よかったわね。隆司」
母さんがホッとした顔をする。
「隆司。わたしのこと愛してる?」
愛していなかったら、プロポーズしないけど。
「愛してるよ」
「わたしと離れたくないわよね」
「もちろん」
なんか嫌な感じだ。
初めて樹里と話したときの会話の流れに似ている。
「隆司に大学院に行きたいって言ったわよね。行ってもいいわよね!!」
語気鋭く言う。
言ったのはアンナさんだけど。
「うん。いいよ」
別に反対しないから、威かすような言い方やめてくれる。
「じゃあ、一緒にアメリカで暮らそう」
樹里が満面の笑みで言う。
「ええーっ!! 嫌だよ。英語喋れないし」
行ったこともないアメリカで住むなんて無理だ。
「英語はわたしがビシバシ教えてあげるわ。わたしと離れたくないって言ったのは嘘なの?」
樹里の目が異様な光を放つ。
「嘘じゃないけど……でも、大学があるし……」
「大学はアメリカにもあるわ」
大学を変われってこと?
「それはそうだけど。『妖怪学』がしたいんだけど……」
「妖怪と私とどっちが大事?」
「……」
比べる対象がおかしいでしょう。
「どっちなの?」
樹里の眉間に皺が寄る。
「樹里」
他に言いようがないでしょう。
「だったら、アメリカに一緒に行こう」
「うーん。でも……」
「わかった。浮気する気ね」
樹里の顔が険しくなる。
「なんでそうなるの。僕はモテないよ」
樹里と付き合うまで女子と付き合ったことはない。
「そんなことないわ。隆司みたいな人が好きだっていう変わった趣味の人がいるもの」
僕を好きになるのは変わった趣味の人なんだ。
「好きなのは樹里だけだよ」
もともと女子は得意じゃない。
「そうかしら? ホテルでアンナのうなじをイヤラしい目で見ていたでしょう?」
うわぁ、気づかれてた。
「別にイヤラしい目では見てないけど……」
「見てたわよね」
樹里が詰め寄ってくる。
「見てました」
「アンナのことタイプだって言ってたし、やっぱり信用できない」
たしかに言った。
「でも、父さんや母さんのことも心配だし。僕は一人っ子だし」
頼りないかもしれないが、いざとなれば何かできる。
「私たちのことを心配することないわ。それに子どもは隆司だけじゃないし」
母さんの言葉にびっくりした。
「隠し子でもいるの?」
「ここにいるの」
母さんはお腹を撫でた。
「まさか……」
「赤ちゃんができたの。来年の4月に隆司の妹が生まれる予定よ。私たちのことは心配しなくていいから、樹里ちゃんと一緒に行きなさい」
母さんが頑張ろうとか父さんに言ってたけど、本当に頑張ったんだ。
「隆司、わたしを一人でアメリカに行かせて平気なの? 隆司は寂しくないの?」
樹里が寂しそうな顔をする。こんな顔の樹里を見たことがない。
胸が締め付けられる。
「寂しい」
思わず言ってしまった。
「一緒にアメリカに行ってくれるわよね」
訴えかけるような目で僕を見る。
そんな目をしてもダメだよ。
どうせ、またお得意の演技だろ。
「うん」
僕は頷いていた。
やっぱり樹里には敵わない。
「決まりね。樹里ちゃんのご両親は隆司との結婚を了承しているの?」
母さんが聞く。
「うん。もちろんよ。同意書ももらってきたわ」
「隆司。樹里ちゃんに逃げられないように明日さっそく婚姻届を出してきなさい。結婚式や披露宴は樹里ちゃんのご両親と相談してまた後で決めることにするから」
樹里に逃げられそうに見えるんだ。
「わかった」
僕は頷いた。
「ところで、一つ聞きたいんだけど、樹里は飛び級で大学に行くぐらいだから頭がいいよね。それなのにどうして僕に新聞記事の話を毎日させたんだよ」
ふと疑問に思ったことを聞いた。
樹里がテレビのニュースの内容が理解できなかったなんて信じられない。
「ああ、そのこと? だって、隆司が出された課題を3日もかけて書くっていうからよ。入試は時間が決まっているのにそんなにのんびり考えるくせがついたら、入試の時に時間が足りなくなるんじゃないかなあと思って。素早く自分の考えをまとめる練習になるでしょう」
「そうなんだ」
そのおかげで僕は大学に合格できた。
やっぱり、樹里は頭がいい。
樹里には一生敵わないだろうな。
「あら、樹里ちゃんになったの?」
樹里の顔になっているアンナさんを見ても母さんは驚かない。
「うん。おばさん」
樹里が頷く。
「母さんは樹里が許婚だって気がついていたの?」
母さんはきっと樹里が僕の許嫁だと前から気づいていたんだ。
「最初に会った時から気づいてたわ」
「嘘? どうしてわかったの?」
「だって、樹里ちゃんの苗字『石野』でしょう? 『石野』は私の旧姓よ」
「そうだったけ」
母さんの旧姓を聞こうと思って忘れていた。
「そうよ。それになんとなく私の一族の雰囲気があるし、英語が喋れるからたぶんそうだろうなと思ったのよ」
「どうして教えてくれたなかったの?」
「間違ってたら嫌だったし、隆司が気づくかなと思って見てたんだけど、全然気づかないから笑ちゃったわ。それより樹里ちゃんにプロポーズしたの? 結婚したいんでしょう?」
母親なのに、よく息子を笑えるな。
「まだしてもらってないわ」
樹里が期待のこもったような目で僕を見る。
母さんの前でするのか?
「樹里、結婚してください」
思い切ってプロポーズした。
「いやよ」
即座に断られた。
「えっ」
目の前が真っ暗になる。
「どうやってプロポーズをして欲しいか前に言ったわよね。忘れたの?」
あれ本気だったのか……。
母さんの前だけど、仕方がない。
樹里を抱きしめて唇にキスをする。
「結婚してください」
「しょうがないわね。してあげる」
樹里が僕の唇に唇を押し付けてきた。
「よかったわね。隆司」
母さんがホッとした顔をする。
「隆司。わたしのこと愛してる?」
愛していなかったら、プロポーズしないけど。
「愛してるよ」
「わたしと離れたくないわよね」
「もちろん」
なんか嫌な感じだ。
初めて樹里と話したときの会話の流れに似ている。
「隆司に大学院に行きたいって言ったわよね。行ってもいいわよね!!」
語気鋭く言う。
言ったのはアンナさんだけど。
「うん。いいよ」
別に反対しないから、威かすような言い方やめてくれる。
「じゃあ、一緒にアメリカで暮らそう」
樹里が満面の笑みで言う。
「ええーっ!! 嫌だよ。英語喋れないし」
行ったこともないアメリカで住むなんて無理だ。
「英語はわたしがビシバシ教えてあげるわ。わたしと離れたくないって言ったのは嘘なの?」
樹里の目が異様な光を放つ。
「嘘じゃないけど……でも、大学があるし……」
「大学はアメリカにもあるわ」
大学を変われってこと?
「それはそうだけど。『妖怪学』がしたいんだけど……」
「妖怪と私とどっちが大事?」
「……」
比べる対象がおかしいでしょう。
「どっちなの?」
樹里の眉間に皺が寄る。
「樹里」
他に言いようがないでしょう。
「だったら、アメリカに一緒に行こう」
「うーん。でも……」
「わかった。浮気する気ね」
樹里の顔が険しくなる。
「なんでそうなるの。僕はモテないよ」
樹里と付き合うまで女子と付き合ったことはない。
「そんなことないわ。隆司みたいな人が好きだっていう変わった趣味の人がいるもの」
僕を好きになるのは変わった趣味の人なんだ。
「好きなのは樹里だけだよ」
もともと女子は得意じゃない。
「そうかしら? ホテルでアンナのうなじをイヤラしい目で見ていたでしょう?」
うわぁ、気づかれてた。
「別にイヤラしい目では見てないけど……」
「見てたわよね」
樹里が詰め寄ってくる。
「見てました」
「アンナのことタイプだって言ってたし、やっぱり信用できない」
たしかに言った。
「でも、父さんや母さんのことも心配だし。僕は一人っ子だし」
頼りないかもしれないが、いざとなれば何かできる。
「私たちのことを心配することないわ。それに子どもは隆司だけじゃないし」
母さんの言葉にびっくりした。
「隠し子でもいるの?」
「ここにいるの」
母さんはお腹を撫でた。
「まさか……」
「赤ちゃんができたの。来年の4月に隆司の妹が生まれる予定よ。私たちのことは心配しなくていいから、樹里ちゃんと一緒に行きなさい」
母さんが頑張ろうとか父さんに言ってたけど、本当に頑張ったんだ。
「隆司、わたしを一人でアメリカに行かせて平気なの? 隆司は寂しくないの?」
樹里が寂しそうな顔をする。こんな顔の樹里を見たことがない。
胸が締め付けられる。
「寂しい」
思わず言ってしまった。
「一緒にアメリカに行ってくれるわよね」
訴えかけるような目で僕を見る。
そんな目をしてもダメだよ。
どうせ、またお得意の演技だろ。
「うん」
僕は頷いていた。
やっぱり樹里には敵わない。
「決まりね。樹里ちゃんのご両親は隆司との結婚を了承しているの?」
母さんが聞く。
「うん。もちろんよ。同意書ももらってきたわ」
「隆司。樹里ちゃんに逃げられないように明日さっそく婚姻届を出してきなさい。結婚式や披露宴は樹里ちゃんのご両親と相談してまた後で決めることにするから」
樹里に逃げられそうに見えるんだ。
「わかった」
僕は頷いた。
「ところで、一つ聞きたいんだけど、樹里は飛び級で大学に行くぐらいだから頭がいいよね。それなのにどうして僕に新聞記事の話を毎日させたんだよ」
ふと疑問に思ったことを聞いた。
樹里がテレビのニュースの内容が理解できなかったなんて信じられない。
「ああ、そのこと? だって、隆司が出された課題を3日もかけて書くっていうからよ。入試は時間が決まっているのにそんなにのんびり考えるくせがついたら、入試の時に時間が足りなくなるんじゃないかなあと思って。素早く自分の考えをまとめる練習になるでしょう」
「そうなんだ」
そのおかげで僕は大学に合格できた。
やっぱり、樹里は頭がいい。
樹里には一生敵わないだろうな。