樹里に引っ張られるままに校門の外に出た。
「どこに行くの?」
 ボーッとしていた意識がようやくはっきりしてきた。

「お昼ご飯を食べに行こうよ」
「でも、紀夫と渡辺さんはどうするの?」
 2人を学校に置いてきてしまったが……。

「あの2人なら大丈夫よ。行きましょう。予約してるんだから」
 予約って?
一体、どこにいくんだろう。
 樹里に引っ張られるようにして歩いて行く。国道に沿ってずっと歩いていたが、突然横道に入り、住宅街へと入った。

「ここよ」
 木製の重厚な感じのする扉の前で樹里が立ち止まった。
「ここ?」
 看板も何もない。
 普通に人の家だと言われてもなんの違和感もない。
「そう」
 たしかによく見ると、扉の横の壁に『Avec Plaisir』と書かれた小さなプレートが埋め込まれている。
 これだけでは何のお店か全くわからない。

「ドアを開けて」
 言われて、ドアを引いた。
 樹里が先に入る。
 中に入ると、すぐに小さなフロントがあり、蝶ネクタイをしたタキシード姿の50台半ばぐらいの男性スタッフが立っていた。

「お待ちしておりました……」
 ゴホゴホ、突然樹里が咳き込んだ。
 急にどうしたんだ?
「……様。大丈夫ですか?」
 樹里の咳きで男性スタッフの声がよく聞こえない。
「ごめんなさい。大丈夫よ。なんか喉に引っかかったみたい」
「それならよろしいのですが。先日はお兄様にお越し頂きましてありがとうございます」
 男性スタッフは丁寧に頭を下げる。
「その時、兄が予約して帰ったと思うんですけど」
「はい。お二人と承っております。コートをお預かりいたします」
 樹里がコートを脱いで男性スタッフに渡す。
 コートの下はボルドーのニットにブラウンのスカートというお嬢様風コーデだ。

「お連れ様もコートをお預かりします」
 僕もコートを脱いだ。
 コートの下は白いワイシャツに濃紺のネクタイ、ポケットのところに校章が入った紺のブレザーに紺のスラックスという学校指定の制服。
 どこから見ても普通の高校生。
 大人っぽく見える樹里と並んだら姉弟にしか見えない。

「どうぞこちらに」
 男性スタッフが僕たちを店の奥へと案内する。
樹里は先に立って歩く。
 店の中は隣のテーブルが見えないように両側を壁で隔てられた半個室になっている。
「こちらです」
 一番奥の部屋に案内された。
 テーブルには、白いテーブルクロスが掛けられ、そのテーブルを挟んで部屋の入り口側と奥に2脚の椅子が置かれている。

 部屋の入り口で、樹里が立ち止まって、後ろ手で僕の右手を掴んで引っ張り、小声で
「こっちから行って」
と言った。
 部屋に入ると樹里は入り口に近い椅子の左側に立った。
 先ほどの男性スタッフが樹里の後ろに立ち椅子を引く。

 指示どおりテーブルの右側を回って奥にある椅子の左側に立つと、いつの間にか後ろに白のブラウスに蝶ネクタイをし、黒のベストを着て、黒いスラックスを履いた若い女性スタッフが立っていて、椅子を引いてくれる。
 僕と樹里は同時に座った。
「お料理はお兄様からお伺いしてますが、何かお嫌いなものはありますか?」
「特にありません」
 樹里が答え、僕も頷く。
「わかりました」
 スタッフたちが部屋を出て行った。

 こういう高級そうなお店に来たことがない。凄く緊張して、顔が引きつっているのが自分でもよく分かった。
 テーブルの上にはお皿の上に布のようなものが花のように折られて置かれている
これはどう使うんだろう?
 さらにそのお皿の横には何本ものフォークとナイフが並んでいる。
 これどこから使うんだ?

「隆司」
 樹里が僕を呼んだ。樹里のほうに目を向ける。
「ここ、昼間でもドレスコードがあるのよ」
 樹里は喋りながら、皿の上の布を広げて半分に折り、膝の上に置いた。
 そうやって使うのかと思い、真似をして、白い布を膝の上に置く。

「ドレスコード?」
 聞いたことあるなあ。
なんだったけ?
「男性はジャケット着用になってるの」
「だから制服で来いって言ったんだ」
「そうよ」
 たしかにジャケットは制服以外に持っていない。

 そんな話をしていると、さっきのスタッフたちが数種類のパンが入った籠を持ってくる。
「どれになさいますか?」
 3種類ぐらいのパンが入っている。
どれも美味しそうで悩んでしまう。
「のりのパンとバゲッド」
 樹里が即答する。
「僕も同じで」
 分からないときは真似をするに限る。

 パンを皿に入れてくれ、バター皿も置いてくれた。
 バケッドにバターを塗って食べる。
「美味しい」
 バケッドって硬いイメージがあるが、皮もそんなに固くないし、中はしっとりしている。バターもあっさりしていて、クリームのような感じだ。
「美味しいでしょう。ここのパン好きなの。中でも、のりのパンが大好きなの」
 樹里は下を向いて、ポシェットからティッシュを取り出して、唇を拭った。
 派手な赤色のルージュが取れ、本来のピンク色の唇が現れる。
 樹里が一口ぐらいのサイズに千切ったのりのパンを口に入れた。

「もう最高」
 樹里が嬉しそうにパンを食べる。
 僕もつられて、のりのパンを食べた。口全体にのりの風味が広がっていき、美味しい。
「本当に美味しい。いくらでも食べられそう」
「ダメよ。パンを食べ過ぎたらほかの料理が食べられなくなるわよ」
 樹里がそう言うのと同時に、今度は皿に入った料理運ばれてきた。
「まずは、前菜の野菜のテリーヌです」
 置かれた皿を見ると、四角くスライスされた肉のようなものに野菜が入っていた。
 いざ、食べようと思うが、このたくさんのフォークとナイフの中からどれを使ったらいいか分からない。
 店の人に聞こうと思い顔を上げた。